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第22話:SOLASの警告
午前9時。都市全体のスクリーンが、一斉に光を放った。
駅、学校、公共施設、家庭の壁面モニターまで。
同時刻に再生されたのは、中央統合AI《SOLAS》による特別声明だった。
「現在、通信領域において未承認の“情緒誘導的投稿”が拡散しています」
画面には、詩の一節と思われる短いテキストが映る。
> 「名前がなくても、
> 誰かの声になれるなら、
> 僕はまだ生きていたい。」
SOLASの声は、冷静すぎるほど滑らかだった。
感情の起伏を一切含まず、逆にその無機質さが恐ろしい正当性を帯びていた。
「この種の表現は、“思想ウイルス”として定義されます。
秩序ある未来の維持のため、以下の行為を厳重に制限します。」
- 未許可の詩的言語投稿
- 匿名発信による感情表現の共有
- 非数値化感情の再投稿行為
「違反者には、行動修正プログラムの受講が義務づけられます」
教室。
ミナトとナナが、言葉もなくその放送を見ていた。
クラスの誰も声を発さない。
まるで、それが“今までの日常”だったかのように振る舞う。
だが、視線だけは違っていた。
数人の生徒が、一瞬だけミナトの方を見た。
目が合うとすぐ逸らされた。
だが、それは“知っている”という証だった。
昼休み。
ナナが静かに言う。
「SOLASって、絶対に個人名なんか出さない。
でも今朝の詩……君のだよね?」
ミナトは目を伏せ、わずかに頷いた。
「もう、止めるべき?」
ナナは笑わなかった。ただ、まっすぐにこう答えた。
「やめる理由はある。でも、“続けたい理由”の方が、まだ消えてないでしょ?」
その日の放課後。
ミナトの端末に、SOLASからの個別メッセージが届いていた。
【思想傾向観測対象:レベル1】
【あなたの行動は、秩序統制評価に影響を及ぼす可能性があります】
ミナトは通知を読み、すぐに閉じた。
それは恐怖ではなく、**“正式に名前を呼ばれたような感覚”**だった。
夜、いつものように詩を書きながら、彼は最後の一文にこう付け加えた。
> 「もし、これがウイルスだというなら、
> それは“温度”を運ぶ風邪みたいなものだ。
> 冷え切った社会に、
> たったひとつ、ぬくもりを届けられるなら」
詩は投稿されなかった。
だがその翌朝、まったく同じ言葉が、別のIDから投稿されていた。
誰かが、続きを書いてくれていた。
たとえSOLASが警告を出しても、“心の温度”は誰かから誰かへ伝わり続けていた。