ティナが急遽地球を離れてアードへと帰還し、急な知らせに地球側が困惑している頃、怪しげな動きをみせる者達が現れた。合衆国最大の組織、ジャスティススピリッツである。
政財界の大物が多数在籍するこの組織は、異星人に対する政策について現政権に強い不満を抱いていた。その中には先日メリルに拒絶された軍高官の姿もあった。
「宇宙人共が地球を離れたのは間違いないのだな?」
合衆国某所で開かれる秘密の会合では、異星人関係の議題が出されていた。
「間違いありません。統合宇宙開発局も宇宙人が太陽系を離れたことを確認しています」
「ならば、予てよりの計画を実行する時だな」
「うむ、ハリソンには失望したよ。我々の助言を聞き入れないばかりか、宇宙人共に便宜を図るばかりの弱腰外交を続けている」
「誰のお陰で大統領に成れたのか忘れてしまったらしい」
「栄光ある合衆国があんな小娘相手に譲歩するなど、嘆かわしいものだ」
「全くだ、あってはならん事態だな」
彼らは怪しげに議論を続ける。
「地球を離れたとするならば、半月は戻らないのだったか」
「あくまでも連中の申告通りであるならばと言う前提が付きますが、往復には半月の時間を要するのだとか」
「十万光年を半月足らずでか、相変わらず恐ろしい技術力だ。是非とも欲しいものですな」
「ワシントン郊外の事件でも奴等のフィジカルが我々を凌駕することが証明された。だが相手は善人の小娘、しかも考えるのが苦手らしい」
「実にありがたいことだ。上手くやればこちら側の操り人形にするのも容易いだろうに」
「だからこそ、奴等の邪魔が入らないうちに事を決めねばならん。スミス将軍、手筈は?」
「抜かりなく」
「成功の暁には、君にも相応のポストを用意しよう。くれぐれも抜かるなよ」
「お任せを。大統領は不幸な事故死を遂げる。ただそれだけでございます」
ハリソン大統領暗殺計画。それはジャスティススピリッツが意のままにならないハリソンを排除して、自分達に都合がよい大統領に入れ換え、アードとの交渉の有利に運ぼうとする謀略である。
これにはスミス将軍を中心とした軍の派閥も協力し密かに水面下で準備が着々と進められ、ティナ達が地球を離れたこの時期を狙って実行に移されようとしていた。
だが、彼らの企みは計画段階からアリアによって全て察知されていた。そしてティナ達が地球を離れるタイミングで実行される可能性が非常に高いことも把握されている。
現在アリアにとって地球人は貴重なサンプル以上の存在でなく、当然ながらティナ程の思い入れも無い。地球人が何人死のうが彼女は気にもしない。
だが、これまでの交流でハリソンが果たした役割は極めて大きい。今後も交流を継続する場合、ハリソンが合衆国大統領のままである方が何かと好都合であるのも事実である。
アリアは感情を抜きにしてハリソン暗殺は今後の交流にとって不利益であると判断。
地球を離れる際に、暗殺計画の詳細および関与した人物のデータを全てティナが最も信頼する地球人ジョン=ケラーへ送信した。
突然アリアからとんでもない情報を提供された我等がジョンは激しい胃痛と頭痛のダブルパンチに苦しみながらも、これらのデータをそのままFBIのマイルズ=ダットン長官へ提出。
もちろん傍受を警戒して端末のインターネット接続を切断、端末そのものを手渡する徹底ぶりであった。
最も、渡されたマイルズ長官もまた胃を痛めて胃薬を愛飲するようになり、製薬会社を喜ばせる結果となったが。
その日の夜、FBI本部の会議室にはFBIの幹部達が勢揃いし、何故かCIA長官や幹部達まで集まった。
「先ずは急な招集であるにも関わらず、このように集まってくれたことを感謝する。ありがとう。さて、時間がないので早速本題に入る。諸君らの手元にある資料を見れば分かるが、大統領の暗殺計画が実行されようとしている。我々は全力でこれを阻止するために動く」
マイルズ長官の説明が終わると、資料に目を通していた幹部の一人が手を挙げた。
「長官、この情報の信憑性はあるのですか?計画の詳細はもちろん、人員まで事細かに記されています。その、あまりにも完璧すぎます」
「偽の情報を掴まされている可能性があるのではありませんか?」
百戦錬磨の彼らが疑うの無理はない。このような計画の完璧な情報が事前に手に入るなどほとんどあり得ない。断片的な情報を多角的に分析していくのが彼らの仕事なのだ。
だが、諜報を司る筈のCIA長官や幹部達は黙したままであり、FBI側を困惑させた。CIAが情報源ならば、それを疑う発言に反論があると考えていたからだ。
「諸君の懸念は理解している。まず資料の信憑性を疑う。捜査の基本だな。だが、今回の件に関しては疑う必要はない。その資料が本物であることを保証する」
「ジャスティススピリッツに潜らせた工作員からの情報ですか?しかし、このレベルの大物が参加するような会合の情報は……」
「この場に居る諸君を信頼しているからこそ、一度だけ言わせて貰う。二度言わないからな」
懸念を抑えるようなマイルズ長官の言葉に皆が注目し。
「これは“X案件”だ」
彼の言葉に皆が目を見開いた。そしてCIA側は悔しげに呻く。
X案件。それはすなわちティナ達異星人が関与する案件であり、この場合はアリアからの垂れ込みを意味する。
FBIやCIAは普段からアリアの能力を嫌と言うほど見せ付けられているからこそ、疑う理由もない。少なくとも彼女はティナ達に不利なことはしないからだ。
「今後の交流を考えた場合、ハリソン大統領が暗殺されるのはアード側としても望まない。それに、実行された場合ティナ嬢が深く傷付くのは避けられない。ホワイトハウスはそう判断した。
諸君、遠慮は無用だ。全土で一斉に首謀者達を検挙する。残念ながら最高幹部クラスまでは捕らえることは出来ないが……ジャスティススピリッツに釘を刺す意味でも、容赦はするな!CIAはもちろん、各州警察と連携して事に当たれ!」
其れから僅か数日の間にジャスティススピリッツの幹部数名が国家転覆罪で逮捕され、軍高官だったスミス将軍は軍を追われて逮捕。彼のシンパも軍から一掃される。明確な証拠を突きつけられたジャスティススピリッツは抗議できずに、彼等を追放することで自分達は計画とは無関係であると主張する他無かった。
このハリソン暗殺未遂事件は全米を震撼させ、ジャスティススピリッツはしばらく火消しに追われ、他の過激派組織もしばらくは息を潜めることとなった。
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