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目を開けると、天井があった。 白とも灰色ともつかない、のっぺりとした天井。模様もひび割れもない。ただの面。視線を横にずらしても同じだ。壁も、床も、すべて同じ色で塗りつぶされたかのように均一だった。
最初は、自分が夢を見ているのだと思った。
でも、頬をつねってみても痛みは確かにある。寝ぼけているわけじゃない。
「……なんだ、ここ」
声に張りはなかった。
いや、もともとボクはそういう喋り方しかできない。淡々としていて、抑揚がなくて、しばしば「眠そうだな」なんて言われる。けれど今の声は、いつも以上に熱のない響きだった。
上体を起こして辺りを見回す。
部屋は狭い。六畳あるかないか。窓はない。ドアらしきものも見当たらない。ただ、壁の一部に小さな四角い口があった。ちょうど食事を差し入れるための小窓のように見える。
壁に手を当てる。ひんやりと冷たい。材質はコンクリートだろうか。あるいはもっと人工的なパネルかもしれない。叩いてみても音は鈍く、内側に空洞があるようには思えなかった。
「監禁……?」
その言葉を呟いても、実感は薄い。
普通なら恐怖や焦燥が込み上げてくる場面なのかもしれない。だけど、ボクの胸の内にあったのは「めんどうだな」というぼんやりした感覚だけだった。
立ち上がって服を確かめる。制服のままだ。身体に怪我はなく、痛みもない。だがポケットを探ってみると、スマホも財布もなくなっていた。外と繋がるものは、何ひとつ残されていない。
「……まぁ、別に。誰もボクなんか、探さないだろうし」
ぽつりと呟いて、床に座り込む。
どうしてここにいるのか。なぜ閉じ込められたのか。本来なら考えなければならないはずの疑問は、頭の中に霧がかかったようにうまく形を結ばない。
昔からそうだった。
学校では「やる気がない」とよく怒られた。テストも赤点ギリギリ、部活もバイトも長続きせず、友達もほとんどいない。自分から動く力なんて、最初から欠けていた。
だから今も、ここから逃げようという発想が薄い。
壁を蹴破る力も、叫んで誰かを呼ぶ声も、最初から自分には存在しない気がした。
そんなことを考えていると、不意に「カタリ」と音がした。
顔を上げると、小窓の奥にトレイが滑り込んでいた。パンと水のペットボトル。見た目に毒々しいものはない。
「……親切、なのか。いや、違うな」
監禁されて、食事だけ与えられる。それは親切ではなく、ただ「生かされている」というだけだ。
けれどボクは特に疑わず、パンを手に取った。空腹を感じていたわけではないが、食べない理由もない。もぐもぐと噛む。味は薄い。何の特徴もないパンだった。
水を口に含む。冷たさは少しだけ心地よい。
それでも、満たされる感覚はなかった。
「……ここ、いつまでいればいいんだろ」
答えが返ってくるはずもなく、部屋は静かだ。
それからどれくらい時間が経っただろう。
壁には時計がない。窓もない。光はずっと一定で、昼夜の区別すらわからない。
天井の明るさを見ていると、だんだんまぶたが重くなってきた。眠気に抗わず、床に横たわる。少し硬いが、眠れないほどではない。
目を閉じると、すぐに意識は沈んでいった。
目を覚ますと、また天井があった。
昨日と同じか、今日なのか。それすらわからない。けれど小窓には、再び食事が置かれていた。パンと水。
「……ああ、そういうこと」
悟る。
それが繰り返されるのだと。
起きて、食べて、眠って、また起きる。その繰り返しだけが、この部屋における「一日」なのだ。
最初は「出なきゃ」と思った。
壁を叩いてみたり、小窓に向かって声をかけてみたりもした。だが何の反応もなかった。返事も、物音もない。ただ食事だけが、決まったリズムで置かれる。
やがて、声を出すのも億劫になった。
喉が乾くのも、空腹になるのも、どうせ向こうは知っている。呼ばなくても、食事は与えられる。なら、騒ぐだけ無駄だ。
外のことを考えるのも、やめた。
ボクを探す人はいるのか。学校や家族は? ……いや、そんなものはどうでもいい。考えると、頭が重くなる。
ボクにできることはない。抗うことも、逃げることも、叫ぶことも。
ただ食べて、眠って、座って、天井を眺めて。
「……退屈、だな」
それだけが、今の正直な感想だった。