テラーノベル
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駄菓子屋『すずめ堂』ののれんをくぐる直前、二人の足がピタッと止まった。
(……待って。お から始まる、八文字?)
(……いや、まさかな。ほ から始まる、7文字?)
夕暮れの赤い光の中で、二人の脳内コンピュータが猛スピードで文字数を数え始める。
「お・お・は・し・し・ゆ・う・と(大橋蹴翔)」
……8文字。
「ほ・し・ら・の・せ・ら(穂志羅 星蘭)」
……7文字。
((……いやいやいや、まさか!!))
同時に心の中で叫び、お互いに顔を見合わせた。星蘭の顔がいつもより少し赤いのは夕日のせいか。蹴翔がやけに目を泳がせているのは、次の嘘のプランを考えているからか。いつもなら一瞬で見抜ける相手の表情が、今だけは「本音」なのか「演技」なのか、全く判別がつかない。
「……何、星蘭。早く入ろうぜ、妹」
蹴翔は喉の渇きをごまかすように、いつもの『熱血な兄』のトーンで声を張った。
「う、うん。お兄ちゃん。私、お腹ペコペコ……」
星蘭も慌てて『心を閉ざした妹』の、少しおどおどした演技を貼り付ける。ガラガラ、と引き戸を開けると、奥のレジで店番のババアが居眠りをしていた。
「ばあちゃん! 頼む、この不憫な妹に、美味いもんを食わせてやってくれ!」
蹴翔がさっそく、悲劇のヒーローのような大げさな身振りを始めた。
「俺たち、親に捨てられて離れ離れになって……今日、やっと再会できたんだ! 妹はショックで、今日までずっと言葉を失ってたんだよ!」
いつもならここで星蘭が「お兄ちゃん……」と儚げに涙を浮かべるところだ。しかし、さっきの『文字数』が頭から離れない星蘭は、セリフがうまく出てこない。
「……あ、う、うん。……お兄ちゃん、ポテトフライ、食べたい」
「おい妹! 言葉失ってる設定どこ行ったんだよ! がっつり喋ってんじゃねえか!」
蹴翔の素のツッコミに、居眠りから覚めたババアがパチパチと目を瞬かせた。
「あんたたち、またやってんのかい。うるさいねぇ」
「ちぇ、バレたか」
蹴翔は頭をかきながら、いつものいじわるな笑みに戻った。だが、カゴに10円のラムネやチロルチョコを入れる手は、心なしか少しぎこちない。星蘭はカゴの中を覗き込みながら、さりげなく、本当にさりげなく探りを入れてみることにした。
「ねえ蹴翔。さっきの『ほから始まる7文字の女子』だけど……、やっぱり、隣のクラスの堀ちゃんじゃないの?」
蹴翔の背中がビクッと跳ねた。彼は振り返ると、わざとらしくフッと鼻で笑って見せた。
「あー? んなわけねえだろ。俺の演技に引っかかって、まだ本気で考えてたのかよ。星蘭、お前ほんと単純だな!」
いつもの『人をいじる時の顔』だ。けれど、星蘭は見逃さなかった。蹴翔が照れ隠しをする時に、右の耳たぶを触る癖があることを。今、彼の指先はしっかりと右耳に触れていた。
(……あ。やっぱり、嘘じゃなかったんだ)
胸の奥が、炭酸飲料を開けた時のようにシュワシュワと熱くなる。そうなると、意地悪な星蘭の『人をいじる本能』がウズウズと黙っていなかった。
「ふーん、そっか。じゃあ、私の『おから始まる八文字の男子』も、ただのデッチ上げだから。気にしないでね?」
星蘭はこれ以上ないくらいの『完璧な作り笑顔』で首を傾げた。今度は蹴翔の目が泳ぐ番だった。彼は星蘭の耳たぶに注目したが、星蘭はプロの演技派だ。そんな分かりやすい癖は出さない。
「……おう、気にしてねえよ。誰が気にするかよ」
蹴翔はぶっきらぼうに言い放ち、30円の金券が当たったヤッターめんのフタをババアに突き出した。
「ほら、お会計。これ、当たったから引いといて」
「はいはい、毎度あり。……あんたたち、お似合いの嘘つきコンビだねぇ」
ババアの何気ない一言に、二人は同時にそっぽを向いた。
「「どこが(だよ)!!」」
ハモった声が、狭い駄菓子屋の中に響く。お互いの本音に気づいてしまった、二人の嘘つき。明日からの学校生活、一体どんな『演技』でこの照れくささを隠し通すのか、二人の化かし合いはまだまだ終わりそうになかった。
コメント
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第4話、読み終えました〜! もうね、「お・お・は・し・し・ゆ・う・と」と「ほ・し・ら・の・せ・ら」の文字数、頭の中で一緒に数えちゃいましたよ(笑)まさかの名前を互いに変換していたっていうオチ、めちゃくちゃ甘酸っぱいじゃないですか! 特に好きだったのは、蹴翔が照れ隠しに右耳たぶを触る癖を星蘭が見逃さないところ。こういう小さな仕草が、長年の関係性を感じさせてグッときます。そして「お似合いの嘘つきコンビ」というババアの一言に、全力でハモって否定するラストの空気感、最高でした。じれったくて可愛い…続きが待ち遠しいです!