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「あー、できれば泣くな、手荒な真似して悪かった。まあ、お前を抱きたいと思ったことならぶっちゃけ何回もあるけど、今に限ってはその気はなかったからな」
「や、八木さん……」
「おう、なんだよ」
(何が、何が……俺を納得させろ……なの、こんなの全然八木さんの為じゃない)
八木が真衣香に言わせたかった答えは、どこまでも、真衣香の為で。理解してしまうと、切なさが心臓を握りつぶしてしまうのではないかと思うほどに軋んだ。
「私の気持ち……どうして……知って、ううん、気づいたんですか?」
途切れ途切れの言葉に、八木は「んー」と目線を上にして考えるような表情を見せた後。
「俺もさぁ、お前がマジで失恋したんだっていうんなら死んでも行かせねぇよ坪井のとこなんか」
「え……?」
「つーか、お前は考えてることが顔に出過ぎなんだよ」
質問の返しとは思えない言葉を口にした。
そして真衣香に跨っていた体勢から元に戻り、運転席に座りなおした八木が、真衣香の乱れた着衣を丁寧に整えていく。
「……でも昨日のお前ら見て思ったわ。ちゃんと話して来い、腹ん中に溜めてるもん全部」
あまりにも優しい声に、止まりかけていた涙が、また溢れてきた。
「あー、おいコラ泣くなよ、もう何もしねぇから」
泣き止んできたと思った矢先に、またか。と思われたかもしれない。八木の慌てる声が車の中に響いて、その後、何かを思い返すようにボソッと小さく呟いた。
「つーか、なぁ。でも怖いわな。あの訳わかんねぇ男に、またぶつかろうってのは」
宥めるように、背中をポンポン何度も撫でる。その手の暖かさに、また胸が痛んでしまう。
「でも、お前が知らねーだけで。基本的に男と女なんて綺麗事で済むことないから」
そう言って、背中に触れていた手が離れて。
次に、その手は涙で濡れる真衣香の頬を撫でた。
「き、綺麗……事?」と、聞き返すと八木は軽く頷いて。
「俺は、もうすぐ25になる女に世間一般で言うところの”正しい”恋愛しろとは、微塵も思わねぇよ」
少しだけシートを倒し、頭の後ろで手を組み、長い脚を狭苦しそうに組んで。
それから、小さな声で。でもはっきりと言ってくれたけれど。
……世間一般、正しい恋愛とはなんだろうか。それすらも真衣香には分からない。
「わかってて、傷つきに行く奴も、そりゃ山ほどいるよ。いつだって綺麗な恋愛ばっかできるわけないんだからなぁ」
「傷つきに……って」
無意識に声に力が入った。
それもそうだ、真衣香は傷つくことを恐れて坪井への気持ちを認めることができないでいたのだから。
「俺のまわりには若い女に手出してる嫁持ちもいるし、そうじゃない奴もいるし」
(嫁持ち……?)
首をかしげた真衣香を、八木が、いつもの調子でポコっと殴った。
「お前くらいの女だって、誰かのもんを寝取るなんて、別に珍しいことでもないだろ。世間じゃよくある話だ」
「寝取る……?」
「話通じねぇな、お前は。なんで無事に生きてきたんだ?」
八木が、呆れたように真衣香の顔を覗き込んだ。
「よくわからないですけど……ひどいです」
尖らせた唇を八木の指が軽く弾き「しょうがねぇ奴だな」と、笑った。言葉とは真逆にとても優しい声をしていて。