テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……10年前、君たちの代は随分と賑やかだったそうだね」
耳元で低く、鼓膜を震わせるような声。
心臓が警鐘を鳴らす。
振り返ると、そこには葬儀の喧騒とは対照的な、氷のように冷めた瞳をした男が立っていた。
九条刑事
理系出身だと噂される彼は、感情を排した目で私を観察している。
私は反射的に喉を押さえ、怯えた被害者のふりをして一歩後退した。
声が出ない私は、彼に何も答えることができない。
その「無力さ」だけが、今の私の防壁だ。
「そんなに怖がらなくていい。ただの確認だ」
九条は手帳も出さず、淡々と続ける。
「愛華さんの転落現場から、妙なものが見つかってね。10年前の君たちの母校の校章だ。それも、裏に『栞』と刻印がある」
血の気が引く。
……パンドラ。
あのアプリの実行犯が、わざと私の私物を現場に残した?
協力者であるはずの相手が、私を売ろうとしているのか
それともこれは「共犯」としての逃げ場を失くすための儀式なのか。
私は必死に首を振り、目いっぱいの涙を溜めて九条を見上げた。
九条は私の反応をミリ単位で測るように見つめた後、ふっと視線を外した。
「……ま、いい。君のような『声なき弱者』が、あんな高い場所から人を突き落とせるはずがないしな」
その言葉に含まれた微かな蔑み。私は心の中で嘲笑った。
そうよ。
私は何もできない。
自分の手は、指先ひとつ汚していないもの。
九条が離れていくのと入れ替わりに、エリカが血相を変えてこちらへ戻ってきた。
さっきまでのブランド品自慢の余裕はどこへやら、高級ファンデーションが浮くほど顔面が蒼白だ。
「ちょっと、どういうこと……!?」
彼女は美波の腕を掴み、スマホを突き出す。
「さっきから変なメールが止まらないの! 『医学部の卒業証書、偽造お疲れ様です』って……。美波、あんた誰かに喋ったんでしょ!?私が本当は短大卒だってこと!」
「ちょっと声が大きいわよ、エリカ!」
美波が周囲を気にしてエリカの手を振り払う。
「私が喋るわけないじゃない。…それより、あんたの旦那さんにバレたらどうするの?あの人、エリート以外は人間だと思ってないんでしょ?」
「だから焦ってるのよ!誰なの、誰がこんな……」
エリカの視線が、ふと私に止まった。
彼女の目に、ドロドロとした暗い「疑念」が宿る。
自分たちより下の存在だと思っていた私が、何かを知っているのではないか。
女の直感が、私を指差している。
私は、わざと怯えて震える手で、バッグから筆談用のホワイトボードを取り出した。
『エリカさん、大丈夫?何か手伝えることがあれば……』
文字を見たエリカが、吐き捨てるように言った。
「はっ、笑わせないでよ。あんたみたいな無能に何ができるっていうの?黙って可哀想な顔してればいいのよ、この『ゴミ』が!」
ゴミ。
10年前、彼女たちが私に投げつけた言葉。
エリカ、貴方が一番欲しかった「医者の妻」という肩書き。
それを守るために、貴方はどれだけの嘘を重ねた?
そのとき
私のスマホが、静かに震えた。
『パンドラ』からのメッセージ
【カウントダウン】
エリカの夫が、現在こちらのSNS投稿を確認しました。
「完璧な家庭」の崩壊まで、あと60分。
私は、絶望の淵に立たされたエリカの顔を、慈しむような目で見つめ返した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
深冬芽以