テラーノベル
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「嘘…嘘よ、なんで……!」
エリカの悲鳴に近い声が、厳かな葬儀会場の空気を切り裂いた。
スマホを握りしめる彼女の指は白く震え、画面には夫からの冷徹なメッセージが並んでいる。
『今、匿名アカウントから君の学歴証明書の原本データが送られてきた。我が家を騙し、母を欺いた罪は重い。今すぐ帰れ。荷物はすべて庭に放り出してある』
「そんな……っ、待って、あなた!」
なりふり構わず走り出すエリカ。
その背中に、美波が冷ややかな声を投げた。
「エリカ、落ち着きなさいよ。今帰っても逆効果よ……。それに、香典の記帳もまだでしょ?」
親友が人生の崖っぷちに立たされているというのに
美波の関心事は「自分のグループが恥をかかないか」だけ。
エリカは美波を鬼のような形相で睨みつけ、ハイヒールの音を激しく響かせながら会場を飛び出していった。
それを見送る私の隣で、九条刑事がふっと鼻を鳴らす。
「……面白いね。まるでドミノ倒しだ。一箇所が崩れると、全部が連鎖して壊れていく」
彼は私を見ることなく、エリカが去った出口を見つめている。
私は慌てて俯き、肩を震わせて見せた。
「親友の不幸に怯える無力な女」の仮面が剥がれないように。
九条が去った後、美波はイライラした様子で自分のプラダのバッグを漁り始めた。
「もう、あいつのせいで台無し。次は私のインタビューなのに、早くメイク直ししなきゃ……」
鏡を取り出そうとした美波の手が、ぴたりと止まる。
バッグの奥底から、彼女が引き抜いたのは——。
真っ赤に染まった、白いハンカチだった。
「…っ!?な、何これ……」
美波の顔から一気に血の気が引く。
それは10年前、私がいじめのターゲットにされていた頃に愛用していたハンカチだった。
今、そのハンカチは、誰のものかもわからない「鮮血」をたっぷりと吸い込み、重く湿っている。
美波はそれを床に放り出し、汚いものを見るように後ずさりした。
周囲の参列者が不審な目で彼女を見る。
(……いい気味。次は、貴方の番よ、美波)
私のスマホが震える。
『パンドラ』からの通知。
【戦況報告】
ターゲット:エリカ。
夫による激しい糾弾の末、家を追い出されました。
現在、彼女は錯乱状態で美波に助けを求める電話をかけています。
ミッション:美波に、エリカを「完全に見捨てさせて」ください。
見上げると、美波のスマホが着信を告げていた。
表示名は「エリカ」。
美波は床に落ちた血塗れのハンカチと、鳴り止まないスマホを交互に見つめ、顔を醜く歪めた。
「……死に損ないの分際で、私を巻き込まないでよ」
美波は着信を拒否し、エリカの番号をその場でブロックした。
かつて「親友」と呼び合い
私を一緒に踏みつけた女たちの絆が、たった一本の電話で、音を立てて千切れた瞬間だった。
私はホワイトボードに、こう書いた。
『美波さん、大丈夫? 何か怖いものでも入ってたの?』
美波は私を睨みつけ、ハンカチをヒールで踏みにじった。
「……あんたには関係ないわよ!黙ってて!」
その背後で、九条刑事がこちらを振り返り、ニヤリと笑ったのを私は見逃さなかった。
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深冬芽以