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ばっと目を覚ますと、目の前にあったのは光を背にした楾さんの、眼に涙を浮かべた表情だった。
「よかった、よかったぁ……!」
そう言いながら、楾さんはわたしの身体をぎゅっと抱きしめてくれる。
柔らかいその感触と、甘い花のような香りがわたしの鼻孔をくすぐった。
そこはわたしの部屋の中で、楾さんの後ろで光っていたのはなんのことはない、わたしの部屋の灯りだった。
わたしの身体は汗びっしょりで、心臓はバクバクと早鐘を打ち、うまく息ができないほど呼吸は乱れていた。
「は、はんどう、さん?」
なんとかそう口にすると、楾さんはさらに強くわたしを抱きしめ、
「そう、そうだよ! 私、アリス! 楾アリス!」
心底嬉しそうに、自身の名前を繰り返した。
「なん、で? どうして、アリスさんが、ここにいるの?」
訊ねると、楾――アリスさんはわたしから身体を離しながら、
「ごめんね、気を悪くしないで。あなたの夢、ずっと見てたの」
「わたしの、夢……?」
そう、とアリスさんは頷いて、床の上にペタンと座り込み、
「何だか嫌な予感がしたから。アオイちゃん、言ってたでしょう? 真帆ちゃんに、呪い殺すって言われたって。それがどうしても気になって、勝手にあなたの夢を見させてもらってた」
「それ、どういうことですか? さっきまで見ていた私の夢の中に、アリスさんもいたってことなんですか?」
アリスさんは「いいえ」と首を横に振り、
「あなたの夢を、私の夢を介して外側から観察していた、とでも言えばいいかしら。あなたの夢には入らなかったけど、その外側からずっと見てたの。あなたの夢は、あの時、たしかに真帆ちゃんの夢と繋がっていた」
「……やっぱり、そうなんですね」
あの夢は、楸先輩の見せた夢だった、たぶん、そういうことだ。
「夏希先輩は? 夏希先輩は、どうなったんですか?」
「夏希ちゃんも大丈夫。あの子も真帆ちゃんと夢が繋がっていたけど、イノクチ先生が助け出したみたいだから」
「――よかった」
わたしはほっと胸を撫でおろした。わたしだけ助け出されたんじゃなくて、本当に良かった。
「でも、アレはいったい何だったんですか?」
「アレ?」
首を傾げるアリスさんに、わたしはこくりと頷いて、
「楸先輩によく似た、だけど顔が無くて、黒い闇が渦を巻いている、化物みたいなヤツ。夏希先輩は楸先輩じゃないって言ってましたけど……」
するとアリスさんは、あぁ、と溜息にも似た声を漏らし、
「……アレをどう表現したらいいのか、実はわたしにもよく解らないの。確かにあなたたちは真帆ちゃんの夢と繋がっていた。けれど、あの夢に真帆ちゃんはいなかった。代わりに居たのが、そう、アレ――ムマ」
「ムマ?」
「夢の悪魔。夢魔。わたしたち魔法使いの間では、そう呼ばれている未知の存在」
「それが、どうして、楸先輩の夢の中に?」
眉間に皺を寄せながら訊ねると、アリスさんは大きなため息を一つ吐いて、
「そうね。あなたには――アオイちゃんにはちゃんと話した方が良いかも知れない。何も知らないより、知っておいた方が良いかも知れない」
だけど、とアリスさんは再び腰を上げ、わたしの両手を包み込みながら、
「明日、改めてお話しします。夏希ちゃんと、イノクチ先生と、四人でこれからについて話し合わなくちゃならないから」
「こ、これから?」
「そう」
とアリスさんは頷き、
「アイツは、アナタたちを狙っている。あなたたちの魔力を、夢を介して奪い取ろうと企んでいる」
「ま、魔力、奪う? そ、それって――」
その時だった。
「アオイ! どうしたの? 誰かいるの?」
一階からママの声がして、アリスさんは慌てたようにわたしの両手から手を離すと、
「――明日、また学校で。私が来たことは、ご両親やおばあさまには内密でお願いします」
それからわたしのおでこをかきあげると、ちゅっと小さくキスをして、
「これは魔よけです。今日の所は、安心して眠ってください」
アリスさんはそう言い残すとホウキを手に取り、あっという間に部屋の窓から飛び出していった。
パタン、と窓が閉まる音がして、次の瞬間、ガチャリ、と部屋のドアが開け放たれる。
「アオイ? 大丈夫?」
ママが心配そうに入ってきて、わたしの様子に目を見開いた。
「だ、大丈夫? どうしたの、汗びっしょりじゃない!」
それに対して、わたしは小さく笑いながら、
「ちょっと、悪い夢を見ちゃって……」
誤魔化すように、そう答えたのだった。