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「は……離せよ!」
「もう一度言わせるのか? それとも、痛い目みねぇと分からねぇのか?」
「……な、何なんだよ、お前!」
「テメェに名乗る名前はねぇんだよ。もういい、勝手に上がらせてもらう」
「うわっ!?」
このままやり取りを続けても意味無いと判断した俺は喜多見から手を離すとドアに押し付け、そのまま室内へ入って行く。
そして、閉められたドアを開けると、
「……万里……さん……」
身体は勿論、頬にも殴られた痕が痛々しく残っている環奈が床に座り込んでいて、突然現れた俺を見上げていた。
「環奈……もう大丈夫だ」
キャミソールのワンピースのみという薄着だった彼女に着ていた上着を羽織らせた俺は優しく抱き締めながらそう言い聞かせた。
すると、
「……っう……ひっく……万里さん……っ」
俺が来た事で安堵したのか、瞳から涙を流して泣きじゃくる環奈。
「おい、お前……何、人の部屋勝手に入って、人の女に触ってんだよ? 不法侵入で警察呼ぶぞ?」
こんな状況下で後ろからごちゃごちゃ文句を垂れる喜多見に俺は、
「呼びたきゃ呼べよ? 寧ろ、呼ばれて困るのはお前じゃねぇのか? 環奈を自分の部屋に監禁して暴力を振るう。DVは立派な犯罪だぜ? 俺は監禁された彼女を助ける為に部屋に入った。それだけだ。どっちが不利か、そんなの馬鹿でも分かるだろ?」
「……っ!!」
俺の言葉に悔しそうに唇を噛みながら拳を握り締め、怒りで身体を震わせている。
「それと、環奈は物じゃねぇんだよ。いくら彼氏だろうが、物のように扱う言い方をするんじゃねぇよ! 次舐めた真似したら、俺にも考えがある。よく覚えておけよ」
喜多見にそれだけ言った俺は環奈の身体を抱き上げ、
「環奈、明石さんたちも心配してるから、帰ろう」
皆が心配している事を告げてそれを聞いた環奈が小さく頷くのを見て立ち上がる。
「おい、勝手な真似――」
俺があれだけ言ったにも関わらずまだ懲りていない喜多見が何か言おうとするので睨みつけてやると、
「…………っクソ! 勝手にしろよ!!」
ようやく無駄だと理解したのか、それ以上何も言っては来なかった。
明石さんから車を借りて来ていた俺は環奈を助手席に座らせると、自分も運転席に座ってひと息吐く。
「少しは、落ち着いたか?」
「…………はい…………」
喜多見の部屋から出た事で少しは落ち着きを取り戻したのか、声を掛けると息を整えながら一言答える環奈。
「この一週間、何があったか、話せるか?」
辛い事を思い出させるのも酷だと思ったが、状況確認をしない訳にもいかない俺は少し遠慮がちに問い掛けると、
「……大丈夫です、話せます」
まだ少しだけ溢れていた涙を拭った環奈は、ぽつりぽつりと喜多見のマンションに居た経緯を話し始めた。
環奈の話によると、俺が想いを伝えたあの日、いきなり電話が切られた事が面白くなかったらしい喜多見は環奈が帰ってくるのを待ち伏せていたらしい。
そして、そこから何故電話を切ったのかという問い詰めが始まり、納得のいく答えが得られなかった喜多見はを強引に環奈を連れ去り、自宅に連れ帰ったところで再度電話についての事と、今度は他に男がいるのではと疑い、全て話すまで部屋から出さないとスマホを奪い、職場への連絡すらさせずにそのまま監禁していた。
その後はいつも通り、喜多見の気分次第で暴力を振るわれ、気分が良い時は優しくもされる。その繰り返しだったようだ。
これまで周りとの連絡を絶たれる事は無かっただけに、今回外部との連絡手段を絶たれ、喜多見が出掛ける時は後付けされた鍵が外から掛けられて寝室から出る事すら出来なかった事が流石に恐怖だったらしく、環奈はすっかり憔悴していた。
「悪いな、もう話さなくていい。大体分かったから。それより、そのままの格好じゃ店には行けねぇよな。ひとまず環奈の部屋に寄っていこう」
「すみません、お願いします」
ある程度の話を聞き終えた俺はそこまでで大丈夫だと制した。そして、着替えをしたいだろうと思い、環奈の自宅に向かう事にした。
数十分程で辿り着き、アパートの駐車場に停めた俺が「一人で平気か?」と尋ねると、小さく首を横に振った環奈は、「……一緒に、来て……」と呟くように小声で言ってきた。
「分かった。それじゃあ行こう」
エンジンを止めた俺は先に車を降りると、未だ一人で立てない環奈を抱き上げ、そのまま部屋へと歩いて行く。
部屋に着き、鍵を開けて中へ入った俺は、言葉を失った。
部屋の中はまるで空き巣にでも遭ったように荒らされていて、壁やドアには物が当たって出来た傷や凹みなどが無数に付いていたのだから。