盗賊の襲撃から2日経って―――
予定を1日早く切り上げて、ジャンさんがギルドへと
戻って来た。
「話はレイドから聞いている。
感謝するぞ、シン」
ギルド長の部屋で、彼は自分と対峙して座り―――
手元の書類から顔を上げて、視線を私へと向ける。
あの後―――
取り敢えず盗賊たちを全員捕縛した後、翌日朝イチで
レイド君に言伝を頼んだ。
盗賊集団に襲われた事。
既に解決済みである事。
それでも報告を受けたギルド長は予定を切り上げて
町へと戻ってきた。
「―――しかし、無茶をしたモンだな。
お前さん、あの『能力』があるってだけで、
魔法は使えないってのに」
室内には自分とジャンさんの2人しかいない。
だからこその会話であり、彼は私を心配すると
同時に、その種明かしを知りたがっていた。
「んー……別にたいした事じゃないですよ」
「どういう事だ?」
「力にしか反応しないバカっていうのは、
どこの世界にもいるって事です」
「…………」
理解は出来るが、納得は出来ないという表情で
ジャンさんはにらみつけてくる。
自慢みたいになるのは嫌なのだが、説明しないと
帰さない、という顔をしていたので、仕方なく
話す事にする。
「いきなり攻撃を仕掛けられたらマズかった
ですけど―――
一人で、武器も持たずに現れた人間に、
集団が恐怖を感じる事はありません。
さらに早々にブロンズクラスと自己紹介した
事で、『いつでも殺せる』という認識に
変わったんでしょう」
「警戒されるとは思わなかったのか?
それを相手が信じなかったら……」
「もし自分たちより強い存在だったのなら―――
話し掛けるより先に、襲撃してくるに違いない。
彼らならそう考えたでしょう。
だから、それが無かった時点で
警戒を解いたのだと思います」
ううむ、とジャンさんはうなづき―――
「それに、血斧の赤鬼さんとやらでしたっけ。
ああいう手合いは、バカではありますが決して
頭は悪くありません。
集団の指導者をしている手前、部下や敵の前で
常に威厳というか、実力を知らしめる必要がある。
私を使って、その最大限の効果を上げるには―――
私の提案を受け入れた上で、それごと叩き潰す事。
まあ、文字通り賭けではありましたけどね……
二度とやりたくはありませんよ」
ここまで聞くとジャンさんは、フーッと大きく
息を吐き、
「その割にはやたら場慣れしているようだが―――
お前さん、前の世界で将軍か何かやってたのか?」
「いえ、私個人は普通の一般人ですけど……」
『真偽判断』を使えるジャンさんにウソは
通用しない。
苦笑しながらも、事実を受け入れる。
「……そういえば、あのグランツとやらは?
盗賊たちの処分はどうなります?」
「おう、それなんだがな。
相談したい事があってよ……」
それまでのジャンさんの声のトーンが打って変る。
低く、それでいて重く―――
「相談? ジャンさんが私に?」
「あの盗賊集団、よりによって俺がいない時に
町に現れやがった。
2ヶ月に1度の、領主様の私兵訓練の時にな。
しかも引き返しても間に合わないのを見計らう
ように、だ。
これを偶然と見るほど、俺は間抜けでも
お人好しでもねえ」
ジャンさんはアゴに手をあてて、少し視線を
下に落とす。
「心当たりでも?」
「……帰り際に領主に言われたよ。
『大変な事が起きたみたいだねえ』って。
いやらしい笑顔付きでな」
うわあ、という感想しか出てこない。
それが表情に出ていたのか、ジャンさんは片目を
つり上げて指摘する。
「別に驚く事でもねえだろ。
明らかにあちらの予定に合わせて
動いているんだからよ」
「何か、恨まれる事でもしたんですか?」
彼はテーブルの上をトントン、と人差し指で叩き、
「俺がアイツの私兵の隊長になるのを
断っているから、だろうな。
ゴールドクラスは王都で雇うレベルの存在だ」
「え? それだけで?」
さすがに、疑問を感じて問い質す。
「地位は伯爵位を親から受け継いだだけで、
魔法の腕はそこそこだから、躍起になって
強い魔法が使えるヤツを、金に糸目を付けずに
集めているんだ。
俺はこの町の治安が守れなくなる、という事情が
あるから拒否していたんだが……」
そこは能力重視ではないのか。
まあ身分制度があるって事は、そこまで実力主義な
世界ではないって事かな……ん?
「あれ? そういえばゴールドクラスって命令拒否
出来るんですか?」
「いくら何でも問答無用で従うわけじゃねえよ。
緊急事態とか、それなりの理由が必要になる」
まあそれもそうか、と納得し―――
反れかけた話を元に戻す。
「つまりは今回の件……嫌がらせ?」
「今までにも何度かあったけどな。
さすがに今回は度を越えている。
自分の領地を賊どもに襲わせるなんざ、
完全にやり過ぎだ。
ひょっとしたら領主も、ここまでの事になるとは
思ってなかったかも知れんが―――
ンな事ぁ関係ねえ。
こうまでした以上は、責任を取ってもらわねば
ならん」
逆鱗に触れる、というのはこういう事を
言うんだろうなあ……と口には出さずに思う。
「グランツは何か白状しましたか?
もし領主様と共謀した証拠か何かあれば、
この事をもっと上に訴える事が出来るんじゃ」
それを聞くとギルド長は静かに首を左右に振り、
「何つーか、未だに放心状態のような感じだ。
ウンともスンとも答えやしない。
部下の連中も怯え切っていて話にならんし」
そんなにショックが大きかったのか……
力自慢が力勝負で負けたようなものだから、
無理も無いかも知れないが。
「す、すいません。やり過ぎてしまって」
「いや、おかげでミリアたちが助かったんだ。
お前さんには感謝してもし切れん。
お前は町の女たちの命の恩人だ」
??
そこまで言われると、何か違和感が……
私の表情を察したのか、こちらの疑問を待たずに
続ける。
「連中、他の町や村でも同様の要求をして
女たちをさらっていたようだが……
捕まえた奴ら、女を連れていたか?」
「あ……」
一気に理解し、背筋が寒くなる。
「つまりはそういう事だ。
さらわれた後は口封じか足手まといとして
殺されたか、捨てられたか―――
まあ運が良ければ奴隷として売られたかもな」
運が良くて奴隷なのか……
身分制度が色濃く残っていると思われる世界だから、
奴隷がいる事自体は予想していたけれど。
「そうそう、さっき言っていた盗賊の処分だが
全員処刑だ。
お前さんの『能力』を知られないためにも
ちょうどいいだろう?」
「そんな取って付けたかのように言われましても!」
とはいえ、今まで散々人殺しを重ねてきた
連中のようなので―――
自分の世界の法基準に照らし合わせても、
重過ぎる量刑ではないだろう。
「そいつらはそれでいいとして……
問題は領主様だ。
さーて、どうやって始末したものか」
「いきなり排除の方向ですか」
当たり前だろ、という感情を隠そうともしない
彼に、待ったをかける。
「命までは取らないでいいと思います」
「どうしてだ?
アイツのせいで、町が危険にさらされたんだぞ」
これ以上はない正論だが、一つ落とし穴がある。
「領主様をもし始末したら、また新しい領主様が
来るか継ぐんじゃないですか?」
「まあ、そうだな」
「その領主様が果たして―――
今の領主様より大人しくしてくれるかどうかって
事です。
もし、より強力な魔法が使える上に
狡猾な人が来たら、目も当てられないですよ?」
ジャンさんは両腕を組んで考え込み、
「それも一理あるな。しかし……」
「何もしないとは言ってませんよ。
今の領主様に、大人しくなってもらえばいいだけ
ですよね?
それなら、その手段を考えましょう」
ギルド長は場を仕切り直すように座り直し、
「そうだな。
ちょうどアイツも、お前さんに会いたがって
いたし―――
何かに使えるかも知れん」
「?? 私に? 領主様が?」
突然話が予期しない方向に転がった事に、少し驚く。
「『ジャイアント・ボーア殺し』、そして―――
魚や鳥を狩り、トイレを作る変人に会いたいと
ご領主様はおっしゃっておられてな。
それがどうも、別々の人物だと勘違い
しているらしい」
「え? どうしてそんな」
「そりゃ、ジャイアント・ボーアを殺せるほどの
腕の持ち主が、大人しく魚や鳥を獲って、しかも
安い値段で提供しているとは夢にも思わん」
今度は私が両手を組んでテーブルの上に置き、
「ふーむ……
でも、会いたがっている理由は、ろくでも
なさそうですね」
「まあな。
『ジャイアント・ボーア殺し』なら―――
俺と同じように部下としての取り込み、
魚や鳥、トイレの方なら―――
その供給や利権を全部よこせ、くらいは
言ってくるだろう。
特にアイツは、ブロンズクラス相手なら
礼儀を使う必要も無いと思っているような
人間だからな……」
これまでの情報から推測するだけでも、そうなる
可能性は高いんだろうなあ。
「……では、こういうのはどうでしょうか」
自分は即興で思いついた意見を述べ―――
さらにジャンさんと話し合い、方針を決めていった。
そして15分くらいして、意見がまとまった。
「……という事でどうでしょうか。
手紙は先ほど決めた内容で書いて頂ければ
いいと思います」
「わかった。
あと、当日の道案内はレイドにさせよう。
お疲れさん。
時間を取らせて悪かったな」
私が一礼して立ち上がると、彼も長イスから
腰を離し、
「しかしよ、シン。
お前も結構えげつないのな」
「いけませんか?」
こちらがイジワルそうに笑うと、彼も似たような
表情を作り、
「―――最高だ」
まるで、これからイタズラをしようと計画した
少年同士のように、初老の男2人は口元を歪めた。
―――2週間後。
領主の館、門前で私とレイド君は待たされていた。
3階建ての建物は、町のギルド施設とは比べ物に
ならないくらい、豪華で贅沢な造りだ。
「すいませんね、レイド君。
荷物も持ってもらっちゃって……」
「いえ、これくらいイイッスよ。
しかしシンさんも災難ッスね。
もし何かあれば俺が証人になりますから、
遠慮なく暴れてくださいッス!」
領主と会う約束を取り付け―――
いくらかの一夜干し、そして生きたままの鳥を
数羽、献上するために持ってきていた。
レイド君はあの後―――
私は彼に取って、ミリアさんの命の恩人という
立ち位置になったらしく、友好的なのを通り越して
いろいろと世話を焼いてくれるようになった。
ちなみに、情報漏洩を防ぐため、ギルド長との例の
『企み』は、私とジャンさんしか知らない。
『高いところから落とした方がダメージは
大きいですよね』作戦は、これより発動するのだ。
「許可が出た。
……失礼の無いようにな」
町の門番兵とは違う対応を受けて―――
使用人らしき人に魚と鳥を渡すと、私と彼は
門をくぐった。
中に入ると、50才くらいの背の高い男性と
目が合った。
とはいえ、170cmの自分とそれほど大差は
無いが、服飾や身に着けている装飾品の多さが、
身分の高さを否応無しにアピールする。
一応、護衛らしき強そうな人も隣りについているし、
この人が領主様という事で間違いなさそうだ。
テンプレ通りのスキンヘッドに横に体が広い
という人ではないが……
片眼鏡、そして八の字に広がったヒゲ―――
性格の悪さが顔ににじみ出ているような。
「おお、レイド君が来てくれたのか!
久しぶりだね。
そろそろゴールドクラスになって、ワシに
仕える気は無いのか?
君くらいなら、1ヶ月金貨100枚は出せる」
苦々しく無理やり笑顔で応えるレイド君だが、
ふと彼の視線が私にスライドし、
「―――ところで、君の隣りにいるその冴えない
ゴミは何だ?
いかにも幸薄そうな顔付きをしているが」
その途端、レイド君の雰囲気がサッと
変わったのがわかるが―――
片手を上げて彼を制し、こちらから答える。
「あの、お招きに預かった、魚や鳥、トイレを作って
生計を立てている、ブロンズクラスの―――」
そこまで言うと、彼は私の言葉を遮り、
「おおアレか。
さっさとこっちへ来い。
お前のようなゴミ相手でも契約を結ばないと
後がうるさいからな。
おい! お前!
レイド君をワシの書斎へ通しておけ!
失礼の無いようにな」
レイド君は何かしら言いたそうな顔と態度を
していたが、何とか宥めて護衛と一緒に
別れさせた。
そして私は―――
彼について行き、一室に通された。
「ホレ、さっさとこれにサインして出て行け。
名前くらいは書けるだろう?」
部屋に入ると、彼は私がイスに座るのを待たずに
書類を投げるように寄越してきた。
一応、この部屋にはこの部屋の護衛が
いるようだが……
彼らも複雑そうな顔をしながら、その光景を
眺めている。
そんな中、私はゆっくりとイスに座ってその内容に
目を通し始めた。
「ほう、文字を読めるくらいは出来るのか?」
「はあ、一応読み書きは……」
という事は、読み書きが出来ない人間もいるという
事だろう。
教育レベルも想像と大差ないと思ってはいたが。
一通り書類を読み終えると、静かにそれを
テーブルの上に置き直す。
「? どうした?」
「無理です」
それを聞くと、彼はテーブルの上に足を投げ出し、
「お前なあ、ブロンズクラスごときが―――
この領主・ドーン様に逆らうのか?」
「出来ない事を出来ない、と言っているだけです。
魚や鳥をこちらへ卸す事は可能ですが―――
私の足では1日半かかります。
毎日届けるなんて物理的に不可能です。
その上、いくらで買い取るかも書いていない。
トイレの件も、権利を譲るにあたって金額が
無記載ですよね?」
要求はある程度予想していたものの、
無理を通り越して無茶のオンパレードだ。
まさかこうまで考え無しに欲望通りとは。
「出来る、出来ない?
可能、不可能?
誰がそんな事を聞いた?
ゴミはやれと言われた事をやればいいんだよ。
これからワシはレイド君との話し合いが待って
いるんだ。わかったらさっさとサインをしろ」
「ですから無理です。
出来ない事を出来るとは約束出来ませんので……」
すると彼はテーブルの上に置いていた足を降ろすと
同時に、私の胸倉をつかむ。
そして急に冷えた液体が頭からかけられた。
匂いからするとアルコールのようだ。
空になったコップが、私の目の前に
見せびらかすように左右に揺れる。
「……おい、ギルド長に伝えておけ。
貸し一つだとな。
こんな反抗的なゴミを寄越しやがって。
あいつもゴールドクラスだから目をかけて
やっているというのに、事あるごとに俺に
楯突くが……
どうやらシツケがまだ足りてないようだ。
次の私兵訓練の時は楽しみにしておけよ」
うん、素晴らしい。
こうまで清々しく超ド級クズだと、期待以上の
効果が望める。
そして彼は私を手放すと、クイッとアゴを
護衛に向け―――
どうやらそれが私を連れだす合図になって
いるらしく、2人がやや呆れたような顔をしながら
近付いてきた。
―――オペレーション、発動。
「あ、ギルド長といえば―――
領主様に会ったら、『血斧の赤鬼』について
緊急の報告があるので、この手紙をすぐに
読んでもらえと言われていました。
すいません、
いつ渡そうかと思っていたんですが……」
おずおずとフトコロに手を入れて手紙を差し出すと、
奪うようにして手紙を受け取る。
さすがにグランツに関して、そして緊急報告と
言われれば確認せずにはいられないだろう。
「さっさと言え!
フン、まったく……
顔からしてグズでマヌケそうだとは思っていたが、
頭の中までゴミらしいな。
だいたい、『ジャイアント・ボーア殺し』も
連れて来いと言ったはずだ!
それなのに……!」
ブツブツ言いながら、乱暴に封筒を破り、中の手紙を
読み始める。
ただ、その内容はグランツについてのものでも
緊急報告でも無い。
まあ一応、文章上では関わっているけれど。
読むのに30秒もかからないはずだ。
彼は目で文章を追っていき―――
「え?
……え?」
顔が段々と青ざめ、視線は定まらなくなっていく。
と、護衛2人が私の両肩に手を掛けた。
だが、同時に目の前のドーン領主の口が震えながら
開いて―――
「貴様……い、いや、ききき、君、が……?
ジャ、ジャイアント・ボーア、殺、し……?」
その途端、護衛2人は弾かれるような勢いで私から
距離を取った。
「あー、そうも言われているみたいですね」
手紙を持った彼の手はブルブルと震え、
その振動が床を通して、テーブルも
ガタガタと音を立てる。
ジャンさんに書いてもらった手紙―――
その内容は非常に短いもので、
『バルク・ドーン伯爵様。
この度、要望のあったギルドメンバーを、
道案内にレイドを付けて送ります。
それと、貴方が別人だと勘違いしている
ようですが、彼……シンは同一人物です。
『ジャイアント・ボーア殺し』の実力が
ありながら、普段は鳥や魚を獲っている
変人ではありますが、シンは非常に温厚な
人格です。
ただし、先日『血斧の赤鬼』グランツを素手で、
かつ無傷で制圧した事からもわかる通り、
戦闘能力は非常に高く、もし怒らせたとしたら
私でも止めるのは困難でしょう。
それを踏まえて交渉するよう、老婆心ながら
忠告しておきます。
西地区ギルド長:ジャンドゥ』
―――という文面を彼は読んだはずである。
『真偽判断』を使うまでもなく、ギルド長がこんな
後で確認すればバレるような、手の込んだウソを
手紙に書く理由は無い。
これは事実である、という認識だけが残る。
そしてさらに―――
『ジャイアント・ボーア殺し』を罵倒した事、
およそ契約とは言い難い無理難題を吹っ掛けた事、
脅し文句と共に胸倉をつかみ酒を頭から
浴びせた事……
という現実も残るのだ。
私がアルコールで濡れた水気を払うために、
顔を軽く左右に振ると、
「ひっ!?」
目の前の領主様は、明らかに怯えた表情でビクッと
体を震わせる。
「あの……」
「はいいぃっ!?」
私が呼びかける一言に、全身全霊で
対応するかのように、彼はビシッと硬直して
背筋を伸ばす。
私を捕まえようとした後ろの2人も怯えているのか、
家具や床を揺らすような音が聞こえてくる。
「この度は、
とんだ無礼を働いてしまったようで……」
「いいいいや、ウン、こちらも済まなかったな。
アレはワシの勘違いもあるから気にしないでいいと
助かるし」
動揺のあまり言葉が支離滅裂になっているが―――
気にせずに話を進める。
「そうですか。
ですが、あの契約書は―――
いくら何でもご無体ではないかと思うのですよ」
「あ、あ、あれは……手違い! 手違いだ、な?」
何とか言葉を選んでこちらを刺激しないように苦心
しているようだが、それに構わずに会話を続ける。
「そうでしたか。
何もかもタダで寄越せ、というのは……
さすがにおかしいとは思ったのですが。
あ、あとですね」
「な、何だでございましょうですかっ」
「先ほど、ギルド長への貸しだの何だのと仰られて
いたようですが……
何分、自分は田舎の村の出身なので、その内容が
よくわからないのです。
ギルド長には自分も大変お世話になっているので、
出来れば彼に迷惑が掛かるような事は」
ブンブンと、頭がちぎれんばかりに
上下に振ってくる。
そこから先は、一方的なワンサイド・ゲームに
なった。
そして、ある程度の内容を詰めて『話し合い』は
決着した。
魚や鳥、トイレの契約に関しては後日改めて
条件の『提案』をまとめた書類を町まで送付する事。
今回の『無礼』は不問に付す事。
また領主側としても勘違いしていた部分もあるので、
その補填を町まで送る、との事だった。
「―――ありがとうございました。
お時間を頂き申し訳ありません。
では、どうぞレイド君との話し合いへ……
ただ、彼には道案内をして頂いてますので、
出来れば早めに終わらせて欲しいのですが、
大丈夫でしょうか?」
「い、今すぐ呼んで参りますですっ!!」
領主様はそう言うと、護衛や使用人も呼ばずに
部屋を逃げるように退出した。
室内を見渡すが、私を連れ出そうと命令を受けた
護衛たちが、顔色を伺うようにビクビクしている。
うーん、彼らまで脅す気は無かったのだが……
ここはひとつケアしておこう。
「あのー……」
声をかけた途端、飛び上がらんばかりに彼らは
反応し―――
「あ、あれは命令でして……っ」
「じ、自分には妻と娘がっ」
まさか自分がこのような言葉を言われるように
なろうとは。
早々に誤解を解くよう、懐に手を入れて1人に
『それ』を渡した。
ジャラッ、と金貨50枚入りの袋が、彼の
手の平の上で音を立てる。
「え?」
「こ、これは?」
きょとんとした表情で質問する彼らに、
「それは、領主様への献上品の他に―――
こちらの使用人の方々にと持ってきた物です」
二人は顔を見合わせ、ホッとした表情になり、
「わ、わかりました。
必ずみんなに配ります」
「引き受けてもらえますか?
ではこれを……」
頭を下げる彼らに、追撃するようにそれぞれ
金貨5枚ずつを握らせる。
「い、いいんですか?」
「ええ、でも大変ですね……命令とはいえ。
いろいろとご苦労、お察しします」
そしてさり気なく『こっちは味方ですよ』
『わかってますよ』アピール。
すると、彼らの顔が途端に光を発するように
明るくなった。
『地獄から天国』とはこの事か。
と同時に、レイド君が部屋に入ってきた。
「シンさん、何かあったッスか?
もう帰るって……え?」
私の上半身が濡れているのを見た彼は、疑問と同時に
言葉を失う。
「……それ、どうしたッスか?
まさか『ジャイアント・ボーア殺し』に何か
やらかしたとか」
「いや、大丈夫です。
もう終わりましたから。誤解でしたから……」
両の手の平を彼に向けて何とか彼をなだめ―――
こうして私とレイド君は、領主様の館を後にした。
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