ドアを開けば、この人生至上最大級に愛するひとの姿を認め、たまらず抱きついていた。
「莉子……ああ、莉子……会いたかった……」
なんでだろう。勝手に涙が流れてくる。――決めたのに。そう、昨日……。
* * *
「明日には交際を公にするつもりではいるが。構わないか」
別れ際そう言われ、課長の腕のなかでわたしは彼を見上げた。「……でも、課長。仕事やりづらくなったりしません?」
「きみの評価をつけるのはぼくだとまずいから部長に頼むとして。以外の業務は、問題なく行えるはずだ。きみは、自分自身の判断に基づいて業務を遂行しているわけだから」
「でも、そうなんですけど……」
「さっきから『でも』ばっかり言って」つん、とわたしの鼻をつつく課長は、「きみは、おれのことが好きだって世界中に叫びたくない? おれは、そうしたい……。それに」
そっとわたしの頬を包み込むと課長はわたしを上向かせ、
「隠しても中野さんあたりがすぐ勘付くさ。おそらく、昼頃にはバレてる」
* * *
そしてその課長の発言は、現実となったわけだが。わたしが道中さんにばらしてなくても、どのみち今日中には皆に知れ渡っていたであろう。
だから、強くならないと。誰のどんな発言を受けても動じない、強靭な自己を作りたいと思うのに。不可思議に、そう思えば思うほど、弱い自己が表出してしまう。――恋とは、なんという魔法なのだろう。人間を動かなくさせる衝動。
「いろんなことがいっぺんにあったから、ちゃんと……落ち着いて考えさせる時間をきみに与えてやりたかったのに。ごめんな……莉子」
「ちが、違うんです課長……これは」
「おれたちまだつき合い始めたばっかりなんだぜ。きみが抱えてる不安とか孤独とか……全部全部受け止めるためにおれは来たんだ。――曝せ。莉子……」
父親のような愛情を示してくれる課長に、赤子のように抱かれながら、わたしは――自分のこころの奥底から生まれ出る感情と必死に向き合っていた。
* * *
「あのなあ――莉子。
混沌としてるんならそれはそれでいい。きみがきみであるっていう証拠だ。
思ったままをおれに、ぶつけてくれていいんだぞ」
課長の声が、重なる胸を通して響いていく。
わたしの髪を撫でる課長の手つきのやさしさといったら。
大人が二人寝るには狭いシングルのベッドで課長と寄り添っている……上質なミルクティーを味わうように、濃密なひとときを過ごしている。
「ごめんなおれ――きみの恋人であると同時に、きみの上司でもあるから……きみの知らないところでいろいろと我慢をさせているかもしれない。けどな。
こうして、ふたりっきりでいるときは、たっぷりとあまえて欲しいんだ。
おれは、きみが、好きだから……」
これ以上出ないと思っていたはずの涙が勝手にあふれてくる。『あの一件』の直後ですら、こんなに泣かなかったのに。まるで、あのとき、氷漬けにされたわたしの涙が、三年の時を経て、課長の愛で溶かしだされたかのようだ。
わたしは、彼の澄み渡る水面のような美しい目を見つめ、
「……思っていることを正直に言っていい?」
「勿論さ」
「……あのね」わたしは彼の眼鏡に手をかけると、それを外し、
「静かに、愛されたいな……。いろんなこといっぺんに考えちゃって、頭がごちゃついてるの……。なにもかも忘れて、ただ、あなたに求められたい……」
* * *
課長の手ですっかり熟れた果実へと変えられたわたしのやわらかな乳房を、底から高く持ち上げ、盛り上がった頂点を、彫像のように美しい男が貪っている。――静かで、静謐なひととき。天変地異であっても、この一瞬を邪魔することは許されない。
懸命に母を求める赤子の懸命さはこのようなものなのだろうか。課長が立てる舌使いがただ、このワンルームの狭い部屋に響く。
「……莉子。莉子……」
やがて彼は、わたしの長い髪を流すと、この首筋に吸い付く。きつく――やさしく吸われ、そのコントラストがわたしを恍惚の境地へと誘っていく。
「ああ……莉子……愛している……愛している」
大切な宝物のように、口づけられ、自分の存在意義をそこに見出していく。
わたしの股の間に入る手が、やがてそこに辿り着く。勿論そこは――十分過ぎるほどに潤っており。
「あ……ああ、ああ……っ」
静かだったわたしの喉元から初めて官能の響きが漏れた。乳首が痛いほどに張っており、いますぐに触れて欲しい。わたしは、課長の手を持つと、自分の乳房へと誘った。
「やわこい。……莉子のおっぱい。……ね、もっと舐めていい?」
こくり、と頷けばまた、課長の魅惑の舌がわたしを翻弄する。感じたことのない天国へと導いていく。――静かで、やわらかな世界が脳の中に広がる。深遠な森――静謐な湖。ひとのこころは鏡なのだと思う。他人のこころを映す鏡。課長のなかが澄み渡っているからこそ、わたしも、この綺麗な景色を眺められるのだ。
わたしのなかを快楽でいっぱいに埋め込んだ課長は、次の段階に移る。わたしの股のあいだに顔を突っ込むと迷いもなく――わたしの蜜をすする。女が男を愛するために受け入れるその場所を。
「――あ。課長、や、わたし……っ」
開いた膝をしっかりとホールドする課長には分かっているはずだ。そのときが近いことを。立て続けに浅い絶頂に導かれ、自分の理性が煙のように消し飛んでしまった。
「や――感じる……課長、ああ……っ」
きつく、やさしく、吸われ。愛するひとの舌使いでわたしは、到達のときを迎えた。
知らなかったけれど、余波が激しいほうなのだと思う。特に、こういう絶頂を迎えると、頭が痺れて、ぐったりと動けない。全身が快楽という動物になってしまったみたいで。
ぱきぱき、と開封する音がリアルに響いた。課長の逞しいからだがわたしに被さる。彼は、わたしに口づけ――うっとりとするような口づけを与えたのちに、わたしのなかに入り込んだ。
動かない。――動けない。
いつでも――課長に愛されてからというものの、男という塊を押し込められると、わたしは恍惚の波に攫われてしまう。熱く太く、わたしの想いを貫く。
課長が、わたしの秘めていた最奥に辿り着くと、またも、わたしは高みにのぼりつめてしまう。――ああ、気持ちがいい……!
「また……いったのか、莉子……」わたしの髪を撫でる課長にはお見通しなのだろう。何故なら、彼は、直接わたしのことを味わいこんでいるのだから。「びくびく膣が締まってる……可愛い莉子……おれの莉子……」
「――んぅっ」
まだ膣が激しく快楽を訴えているというのに、課長ときたら、わたしに腰砕けの接吻を与えるのだ。繋がったままでそんなキスを与えられたもう、わたしは――。
「いっぺん、激しくいっちまおうぜ――莉子」
わたしの求める、激しい腰使いで、迷いもなく、限りある未来を切り開いていく。
わたしは、必死に彼にしがみついた。振り落とされないように。――見失わないように。
「ああ……遼一さん、わたし、また……っ」
「おれもいく」
しっかりと彼はわたしを抱き寄せ、
「一緒に、いこうぜ莉子……同じ景色を見るんだ……ああ、愛している……!」
彼の、野性的な息遣い。彼のペニスに絡みつくわたしの襞の奏でる音。日頃はクールを装っているのに、このときだけは本能を剥き出しにする遼一さんの真性――
すべてを感じながらわたしはまた、見たことのない景色を見つめ、その美しさにふるえていた。
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