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#ワンナイトラブ
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違和感に振り返ると、常葉くんは淡水パールの散りばめられたクリップをキッチンのカウンターに置いた。
「……なんで最近、色気づいてるんですか」
少し低くなった声に、胸が一瞬で掴まる。
女性のように華奢で綺麗な指先は、私の髪の毛をゆるりと静かに掬う。
─今日は、たまたま、
──柿原さんが、
───特別、に。
頭の中で浮かび上がる言葉が浮き上がっては沈んでいく。
無様に水が流れる音だけが、冴えない頭に時間の経過を伝えた。
コトン、マグカップがするりと指から落ちると、緩い音がシンクの中に吸い込まれる。
「…………は、やく、彼氏欲しいんで、」
私の髪を摘むその指先だけを見つめた。自分の指に乗る泡が、音も立てずに静かに消えていくのが分かる。
次第に大きく鳴るのは私の鼓動。
「……だめ、ですか?」
ちょっと外見を可愛くしてもらったからって、 中身を知ってる常葉くんには意味が無いのに。
───無いと、思っていたのに。
常葉くんの指先は私の髪を掴んだまま、離さない。
「ダメと言うか」
毛先を摘んでいた指先は離れると鎖骨をなぞり、首筋をつぅ、と親指の腹が伝う。
擽ったくて右肩をびくりと跳ね上がらせ、やっと、その顔を見上げた。
常葉くんの甘い目元は冷たい色を帯びて、瞳は私だけを映している。
物怖じして視線を絡ませていれば、常葉くんは首を傾けて近寄るから、目線は同じになる。
「ムカつきます」
彼の語尾は、口の中に消えた。
蛇口から流れる流水音と共に、消えそうなリップノイズが私たちの間で小さく響く。
……ムカつくってことは、似合わないのかな。
……そんなに、私の事、興味ないのかな。
軽いキスを受け入れていると「あの人」と、鼻先がくっつく程の距離で常葉くんは誰かを指す。
「……?だれ?」
零した疑問は、すぐに、彼に食べられて口の中に消えていく。
何度も何度も角度を変えて、酸素を奪い、先程までの思考もすぐに彼の体温に変えると、自分の勝手きままに私を放つ。
「キスも簡単に済まされてたんですか」
「へ、」
続きを言いたいのに、再びその先は塞がれて、何も言えずにその体温を受け入れるしかできない。空気が欲しくて口を開けると、その隙に舌先が私を探し当て、こちょこちょと擽るように私を捕まえては弄ぶ。
「そりゃそうか、5分なら」
「っ、は、なに、が」
ペロ、と唇を舐められると、喰むように唇が覆われた。息が、呼吸が難しくて、溺れたみたいに必死で空気を吸い込む。
一度顔が離れると、常葉くんは私の眼鏡を再び奪った。
軽く投げるように眼鏡が置かれると惨めな程小さな金属音が鳴り、流れていた水を止めれば静寂が包む。
荒れてしまった私の呼吸音だけが響き、それがやたらと恥ずかしいから、自分の手首を掴んで何とか落ち着かせようとする。
だけど、両手で顔を包まれて強引に対面させられるとそれだけで再び息が荒れた。目線の先には、勝ち誇るような笑みを浮かべる常葉くんが居る。
「……ちゃんと覚えて下さいね」
「な、にが」
もう既に緩くなった唇を塞がれると、更に解すように啄んでいく。「ふ」、「は」、と、短い息だけが口の間から漏れて、漏れた所を塞ぐように角度を変えては私を包む。
「穂波さん」
「ふぁ、は、い」
「舌、出してください」
「あ、な、んで」
「良いから、はやく」
言われた通りに少しだけ舌を出すと、擦るように擦り合わせて柔らかく、深く溶かされる。
「ん、あっ、ふ……」
簡単に立つことさえ難しくて、常葉くんの胸元を掴んでいた手を、首の後ろに回して必死に足を伸ばしていると、急に身体は重力に逆らってふわりと浮いた。
「あ、と、きわくん……?」
持ち抱えられてしまい、急激な違和感に不安を覚えていると
「俺、一回ちゃんと言いましたからね」
常葉くんはそれだけ言い残してソファーに私を下ろした。
常葉くんは私の首の後ろに回した腕は抜かず、隣に深く腰を落とした。腕を寄せれば必然的に顔が近寄り、蕩けた脳は彼の熱を簡単に受け入れる。
腰を支えていた反対の手は服の上からゆっくりと上り詰めて、その膨らみに到達すると優しく包む。
キスはたしかに、随分と慣れた。だけど、それ以上はまだ慣れなくて、目の前の胸板をとん、と、叩いた。
抵抗に気付いた常葉くんは、顔を離すけど指先を止めないので、腕をぎゅっと掴む。
「っ、な…に、何、してるの?」
「だから、ムカついたんで」
ムカつく?なんに対して?
牽制するのは常葉くんなのに。
再び彼は近寄るので、ふい、と、そっぽを向く。
しかしその先にある手がそれを逃さず掴むと直ぐに対面させられた。
吸い込まれそうな、漆黒の瞳。だけど、私も目に力を込めて見つめる。
「わ、分かんない、仕返しとか、ムカつくとか、……っきに、なるなとか、分かんない、」
我慢していたのに、ぽろ、と、ひと粒が溢れ落ちればすぐに次々に涙が流れた。
「っ、なんで、そんな事、言うの」