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第2話、拝読しました。会議室のシーンから各キャラクターの個性が一気に立ち上がってきて、とても引き込まれました。特にヴィーナスの「生徒会長」呼ばわりされた過去がちらっと出てきた会話の流れ、笑いをこらす空気感が自然で好きです。後半で一転、魔物被害の数字や黒薔薇の話になると空気がピリッと変わって、この世界の重みを感じました。リトナがサーナルガを誘うラストも、胸に残る余韻があって続きが気になります。
午前10時前、水面のように静かなその廊下をコツコツと歩く足音が水紋のように広がっていく。会議室。と書かれた壁掛けが掛けられた扉をコンコンコンとノックをする。
真面目な、少し硬い声で『どうぞ』と聞こえてきたので遠慮なく扉を開け、中に足を踏み入れた。
二人の男女が円形テーブルの隣同士に座り、数枚の紙を互いに指差しながら言葉を交わしていた。女性がパッとこちらを振り向き、椅子から立ち上がる。
ヴィーナス・アガメムノン。A級幹部のうちの一人であり、S、A級幹部含めての最年長だ。
宇宙のように美しい紫の髪を長い三つ編みにして前髪も編み込まれて固定されている。アホ毛の先から足の爪先まで計算された美しさだ。
「おはよう。リトナ」
「おはよう。ヴィーナス」
彼女らの対面に座り、自身の席の前にある紙に軽く目を通す。
「…読めない字でもあったの?」
「これなら大丈夫や。いつもすまんな、ヴィーナス」
サーナルガ・クゥカイブ。A級幹部3名のトップである。
淡い金髪を短く整えて、そこから覗く金属のピアスはいつも綺麗に手入れされている。筋肉質で圧のある顔立ちから放たれていると思えぬほどの、優しげな声は今申し訳なさそうにヴィーナスに対して言葉を紡いでいる。
彼は学校を中退しているため、任務と学習を両立しているそうだ。それのせいかいつも慌ただしそうに社内を駆け回っている。
資料の内容は魔物の人畜被害の集計や最近討伐した魔物、敵会社の殺害人数。B、C級幹部達が集めた情報がわかりやすく表にまとまっていた。この字はヴィーナスの字だ。機械かと疑ってしまうほど丁寧で読みやすい。
資料を読むことに集中していた時。時計から10時を知らせる鳩が出てきた。ポッポッと可愛らしい音と共に騒がしく扉が開き、二人が雪崩れ込んで部屋に入ってきた。
赤い髪の青年と、青い髪の男性だ。
「…せ、セーフ」
「ギリギリ間に合いましたね…」
「いいえしっかり遅刻です。余裕を持って来てください」
彼らの首根っこを掴みながらヴィーナスはそう言って二人を部屋まで引っ張っている。サーナルガはその光景が妙に面白かったらしく、肩をピクピクと震えさせている。リトナ自身も油断したら笑ってしまいそうな状況だ。
「そーだよ二人とも…5分前には来なきゃヴィーナス生徒会長に怒られちゃうよ…」
「8年前の話しないでください。ていうかなんで知ってるんですか」
遂に我慢できなくなったのか短髪の彼はふぐっと押し殺していた笑いを漏らす。そんな状態のサーナルガに釣られリトナも限界を迎えてしまい、二人で声を押し殺そうと必死になっている。遅刻してきた二人も少し震えている。ヴィーナスもクスッと笑ってしまったようで先程の暗い雰囲気は何処へやら。
その笑い声に紛れて忍び足でそーっと部屋に入ってくる人影があった。彼女は見逃すはずもなく、緑の瞳はそれと目が合った。
「…やぁ。姉さんいい天気だね」
「あいにくまだ外に出てないから知らないわ。所で貴方は何故そこにいるの?」
「…川へ洗濯しに行こうかと」
「桃太郎じゃないのよ」
ジュピター・アガメムノン。ヴィーナスの双子の弟であり、同じくA級幹部の最年長だ。
若緑色の髪はウルフに切り揃えられ、髪の隙間から覗くニコニコとしたまつ毛の形。リトナ達は彼の瞳を見たことがない。
6,537
黎明
もののあはれ
23
そんなミステリアスな彼は今、しょぼくれた猫のような顔で椅子に座らされている。
・・・
「さて、おふざけはここまでにして。本日、作戦会議を仕切らせて頂きます。A級幹部ヴィーナス・アガメムノンと申します。今回の議題はお手元にある資料でおわかりでしょう。魔物の異様な増加数とその強さについてです」
先程とは打って変わり、きっちりした女性が円形の机に両手をつけ立っている。
瞳の緑は今、魔物への怒りに染まっている。
「この1ヶ月。我々黄昏時は合計26体の魔物を討伐。ですが魔物被害は増加し続ける一方。そして…」
「B級幹部7名死亡。C級幹部5名死亡…ここまでの被害は今までの資料でも見たことがないですね…」
リュートルが手元の紙と睨みながらそう呟く。桜が咲いてから初夏が続く今日まで、7人のB級幹部。冒険者だったらA近くまで行ける人間たちが7人。5人のC級幹部。国にいれば高い地位まで上がれるだろう人間たちが5人。魔物に食い荒らされている。武器を持って、最善の用意をした上で、だ。
「…わかってんだよ。でも改めて言われると…」
悔しそうにファイアールは呟き、首の後ろを爪で痛々しい音を響かせガリっと引っ掻く。
彼がムカついた時の癖だ。痛みで落ち着こうとする、止めたくなる危うい癖。
「嗚呼。本当に…笑えない」
先程までニコニコと笑っていたジュピターの表情が一段と暗く見える。
普段笑顔の彼だからこそ、今は覗けぬ瞳孔の奥にとてつもなく強い怒りが宿っている。
「魔物が強くなることはあったけどここまでじゃなかった。何か進化するきっかけがあったか、あるいは…」
「…黒薔薇。奴らの仕業の可能性もあると思う」
黒薔薇。私たちの敵対組織であり、魔物を信仰する裏会社。宗教という言い方の方が正しいだろうか。
数百年前に討伐された魔王は強かった。人々を自分の手のひらで転がすため、彼は一つの宗教団体を創り上げた。
『魔物に命を捧げれば、死した時に天へ登れるだろう』
人間たちはそれを間に受けて魔物に体を預け死んだ。死人に口なしとはこのことだろう。例え地獄に行ったってそれを証明する術はないのだから。
魔王が討伐された今も深く信仰する人間がいる。いや、元の形で信仰されていたのならどれだけよかっただろう。
『魔物に良い肉を与えればその人間は2度と元の生活に戻れないほどの幸福な人生を歩む』
そう、伝わってしまった。人はまだ自身の子を最上級の肉として育て上げ、魔物に捧げては返り血に染まりうっとりと頬を染めている。そんな人がまだ残っている。
自身の子を殺す親が居る。
罪のない子を殺す大人が居る。
人を騙して殺す犯罪者が居る。
魔物に身を捧げる信仰者が居る。
部屋にいる全員の目の色が変わる。怒り。憎しみ。恨み。許さないという強い意思が部屋を立ち込めた。
ふぅと息を吐き、司会者はトントンと紙束を揃え目を見張る。
「今回の件、私は黒薔薇によるものだと思っている。本当に憎い。気味が悪い。私はあいつらを許すつもりは毛頭ない」
同時に頷く自分達を見て彼女はゆっくり微笑み、分厚い束を机に下ろした。
「何か言いたいことがある者は。ないのなら今日はこの辺にする」
シーンとした空気が漂っている。ヴィーナスは「そう」と呟いてキリッと前を向く。
「会議はこれにて終い。各自情報が手に入ったら共有すること。解散」
長い髪を靡かせ彼女はその場を去った。自分達も立ち上がりグッと体を伸ばし会議室を出ようと足を踏み出す。
リビングの時計は午前11時前を指差している。お昼前だ。
今地上に出たらきっと各家庭から美味しい香りが漂ってくるだろう。それを楽しみながら日差しの中を散歩するのも悪くない。
せっかくならついでに外食していこう。たまにはデカい肉に齧り付いてやろうか。
「サーナルガ。よかったら一緒にお昼でも食べない?先輩が奢っちゃうよ」
目の前の熊のように見える大きな背中にリトナはそう話しかけた。
振り向く際の深海に似た鋭い目つきはエメラルドの瞳を捉えた時に優しく緩んだ。
「嬉しい誘いやが、断らせてくれんか?先着の仕事で今日はいっぱいなんや」
申し訳なさそうにそう言い、左腕を服の上から掻く彼の目は今、遠い何かを想うような瞳をしていることにリトナは気がついた。
彼には、守るものが多いのだ。
「じゃあまた今度誘うよ。お仕事頑張れ!」
何故かズキッと疼いた自分の胸を誤魔化すように、リトナは大きな彼の胸に自分の拳をパスッとぶつけた。
ありがとうと微笑んだ彼は社内の奥へと歩んでいってしまった。
哀愁を感じるその背中を引き留めることは出来なくて、ぶつけたままの拳をそっと自分の胸に押し込めた。
私たちは、相手に過去を訊いてはいけない。それの多くは、彼らにとって思い出したくないものであるから。
相手が話そうとしてくれたのなら、何も口を挟まずにそっと聞いてあげる。それが私たちが何も言わずに心に秘めるルールなのである。
でも、いつか。心の底から信頼してくれる日が来るのなら。その時は。
「ゆっくり話してくれると、嬉しいな」
そう呟いた本心の言葉は、妙に凍える廊下の闇に吸い込まれて行ってしまった。