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黎明
もののあはれ
23
奥から吹いてくる風は外よりも凍えるものであった。鼻をツンと刺すこの感じは慣れるものではないだろう。白いアホ毛をぴょこぴょこ揺らしながら、黄昏時S級幹部が一人、ファイアール・ヌーヴェルトは暗い石作りの廊下を歩んでいた。
くぐもった悲鳴が、凶器を置くカチャカチャとした音がここにまで響いている。ファイアールはそんな水面のように静かなそこを揺らして歩く。
タッタッタ。軽々とした子供のような足音が二つ、何処かから聞こえてくる。反響している音の主はついに彼の前に現れた。
「お・は・よ・う!」
廊下の先からばっと現れた桃色の髪を二つ結んだ少女は目の前の男に飛びついた。
「ファイアール兄ー!」
「い゛っだ!?」
・・・
そして今、この状況である。
腹を押さえうずくまるファイアールとそれを見て手をあわあわと慌てさせる一人の少女が暗い廊下に二人。
それをじーっと桃色の瞳で見つめているのは翡翠の髪をした一人の少年であった。
「…ファイアール兄に何したの、ルド」
「スト君!?これは違うの!」
ファイアールは腹をさすりながら立ち上がり、二人をちゃんと目の前から見つめる。幼い顔ならではのまんまるの瞳は目の前の殺し屋をキラキラと見つめている。
ルドベギア。桃色の髪を二つに結び、翡翠色の瞳が可愛らしい。右目を眼帯で隠し、左足が人肌ではなく金属の足である彼女は黄昏時B級幹部だ。
ストレリア。翡翠色の髪を少年らしく短く切り揃え、桃色の瞳孔はジトっと相手を見据える。ルドベキアと血のつながりを感じさせる顔立ちを持つ彼は、同じく黄昏時B級幹部の一人である。
二人の幼き双子は、元は黒薔薇に捧げられるはずだったがファイアールに救われ、彼を追い黄昏時に入社、最年少でありながらもB級まで登り詰めた力強い仲間である。
「…辛くねぇか」
「大丈夫だよファイアール兄!私達は正しいことをしているだけだもん!」
ニコニコと笑って答えるルドベギアに続き、ストレリアが口を開く。
「…悪人共から情報を吐かせ、それが兄さん達の役に立つ…ここまでやり甲斐のある仕事を任されているんだよ。ちっとも辛く無い」
恍惚とした瞳は目の前の男を捉えている。まるで自分の仕事に恋焦がれているような表情であった。
ファイアールは目の前の子供を狂人と思わない。むしろそれが正常だと思っているのだ。
B級幹部の主な仕事は情報収集。拷問である。
もちろん戦闘もお手のもの。出来ることが幅開く頼り甲斐のある位の幹部達である。
この会社には必要不可欠。彼らがいなければ他のメンバーは任務すら受注されないのだ。
ニッと口角を上げてファイアールは二人の頭をクシャッと撫でた。
「無理はすんなよ、お前らがいないと俺らは戦えないんだからな」
ファイアールが去る背中を見つめながら、そっくりな双子達は撫でられた髪に指を通しながら頬を染め笑っている。
「スト君、後お仕事何残ってるっけ?」
「後…ヴィーナスさんが捉えてくれたあの人だけだよ」
「早く終わらせよ!今日のお昼はお肉が食べたいなー!」
「奇遇だね、僕もそう思ってた」
幼き拷問官は普通の子供のような会話を廊下に響かせながら、暗い暗い廊下の先に歩んでいった。可愛らしい足音は沈み、その奥からはまた一つのくぐもった叫び声が再び廊下に篭るのだった。
・・・
リビング。ソファーに横並びに座っているのは二人の男女であった。
長い三つ編みを肩に回しているヴィーナスは、そっと懐から何かを取り出し、隣で本を読んでいるリュートルの方を叩く。
『スイーツ食べ放題』と書かれた2枚のチケットを見たリュートルの目は、珍しい虫を見た少年のように輝いていた。
「よかったら一緒に…」
「行きます」
「早い早い」
ヴィーナスが言葉を言い切る前にリュートルはそう答えた。
リュートルは甘いケーキが好きなのだ。特にホイップが目一杯乗ったショートケーキが好きらしい。
「ほら早く行きますよ準備して」
「だから早いって」
そういうヴィーナスもスイーツが好きである。ただリュートルとは代わり、甘ったるい物は胃にくるようになってしまった。今はビターチョコのケーキやチーズケーキが好きだ。
幼い頃に母と食べたミルクチョコのケーキを思い出す。今では吐きそうになるがあれはあれでいい思い出なのかもしれない。
待ちきれないと言うような目線を向けてくるリュートルに安定のため息をつき、ヴィーナスもソファーから腰を上げた。
「はいはい」
二人は年齢関係なく、いい親友である。
長い髪を靡かせて、彼女達はその部屋を後にした。
・・・
「…早起きしたから眠いや」
自分の部屋の鏡を見つめ、ジュピター・アガメムノンはそう呟く。
彼は眠るのが好きだ。夢の中なら好きに生きていられるからだ。もう叶わぬ将来を実現できるから。
暗い部屋の真ん中には少し彩られた白いキャンバスが立っていた。隣の小さな椅子には乾いた絵の具の乗ったパレットが鎮座している。
パレットを手に取り椅子に座り、少し引く。
水に濡れた筆で絵の具を溶かして、キャンバスをまた彩った。
ジュピターは絵を描くのが好きだった。だから将来は画家になりたい。と、心の底から願っていた。
裏社会の人間になってしまったことを知れば、10年前の自分はどんな顔をするだろう。きっと大層面白い反応をすると思う。考えただけでクスッと笑えてくる。
鏡に映る自分を見る。いつも笑っているはずなのに、今だけは無性に悲しく思えた。
感情を人前に出せなくなったのはいつからだっけ。 出し方を忘れたのはいつからだっけ。
笑うようになってから、どれぐらいの時間が経ったっけ。
ギリっと歯を食いしばり、筆を強く握る。
「違う、もっと明るくなきゃ」
誰にも見てもらえない。
絵も描けないお前は何の為に生きている。
笑ってないお前になんの価値がある。
何度も頭の中を響かせる嫌な言葉の羅列に眉を顰める。
「…寝よ」
なんだか全部がどうでも良くなった。筆を専用のバケツに雑に突っ込み、パレットもそのままにしてベットに潜り込んだ。
いつか、世界一の絵を描けるようになりますように。
そう願いながら彼は深い深い眠りについた。
・・・
コンコンと扉を叩く音でジュピターは目を覚ました。時計を見ると21時過ぎを指していた。
扉を開く前に、鏡の前で口角を指を使ってあげてみせる。問題がないとわかってからジュピターはその顔のまま扉を開けた。
その先には彼の専属部下。C級幹部、レント・クラーレがその場に立っていた。
黒い髪を丸く整え、軍服らしき戦闘服には乱れ一つない。口を固く結び、黄緑色の瞳は彼の主に向けられていた。
「東の森でホーンラヴィットのキングと予想さ れる魔物が出現しました。出られますか?」
「はいはーい、相方は?」
「S級幹部、リトナ・クルイバナ様です」
なら問題はないな。準備をしてくるから待ってとレントに告げてから、ジュピターは扉を閉め部屋を見渡した。
今見ると結構汚い。帰ったら掃除をしようと思いながら着替える。壁に立てかけている2本の槍を手に取り、廊下に出た。
コメント
3件
おお、第3話読んだ!この組織、S級もB級もみんな個性的でめっちゃいいよね。特に双子の拷問官ルドベキアとストレリアが「お肉食べたい!」って普通の子供みたいな会話してるのに、その奥で悲鳴が響いてるギャップがたまらん。あとジュピターの「笑顔の裏に隠した闇」が切なくて、画家になりたかった過去とか…この世界観にもっと引き込まれたわ。次も楽しみにしてる🔥