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昼前にトヴェッテ王国の王都に到着し、そのまま観光を楽しむことにした俺とテオ。
見晴らしの良い屋上から街中を一望した後は、大通り沿いをぶらぶら歩く。
途中で泊まる宿を決めて予約したり、ワゴンで名物っぽいサンドウィッチ――硬めのパンに薄手ハムやチーズや特産野菜を彩りよく綺麗に挟んであって、もちろん味もおいしかった――を買って食べ歩いたりしつつ、次に向かったのは王都の中心にあるトヴェッテ城。
トヴェッテ城は、空へと向かって立ち並ぶ様々な高さの尖塔や、華美な装飾が施された白壁が目を引く、とても広々とした城である。
城の周りを囲むのは幅にして数十mはありそうな水堀。
その水面には、トヴェッテ城の優雅な佇まいが映し出されている。
トヴェッテの王やその家族が住まい、政治の主要機関が全て詰まっているトヴェッテ城へは、一般人の立ち入りが許可されていない。
だが中へ入ることが出来ずとも、少し離れたところから城の外観を眺めるだけで十分楽しめるため、城周辺は人気の観光スポットなのだ。
基本的に非対称な構造をしているトヴェッテ城は、角度を変えると全く違う表情を見せる。
俺とテオも他の観光客達に交じり、水堀の周りをゆっくりぐるっと1周しながら美しい城を眺めるのだった。
続いての目的地へと向かう道中、国で最も大きな商業区を通った。
この区域には武器や防具や生活雑貨などを買えるショップから、不動産屋や飲食店まで、ありとあらゆる様々な店が軒を連ねている。
目についた店を片っ端からのぞいた中で、特に俺が気になったのは雨具の専門店。
小さな店ながら、防水加工が施された防具から、雨を避けるためのバリアを展開するための高価な魔導具まで、雨が多いトヴェッテならではの品揃えはさすがだった。
店内を隅から隅まで見た俺は、レイクリザード――水辺によく出現する、青っぽいトカゲ型の魔物――のドロップ品『レイクリザードの皮』を表面に薄く使用した黒い防水ブーツ『レイクリザードのレザーブーツ』を購入し、その場で履き替えた。
ずっと手入れをしつつ履き続けている『革のブーツ』がかなり傷んできたため、近い内に新しい靴を買わないとな……と思っていたところだったのだ。
また店内では、持ち込み防具に防水加工を施してくれるサービスも。
料金を確認したところ、手持ちで十分払える金額だったため、愛用のマントに【防水加工LV3】をかけてもらう。
マントとブーツに防水加工がついたってことは、多少の雨なら安心して歩けるな!
本当は武器屋等もじっくり見たかったけど、また改めて時間をかけて見たほうが良いだろうと今日のところはスルー。
テオに勧められ、商業区の名物である『美術館』へと入ってみる。
ここのオーナーは1代で財を築いた大金持ちであり、隠居後に「好きで収集した美術品を、世間の皆に見てほしいから」という理由で、趣味で美術館を開いたという。
かつてはオーナー自身の自宅だったという美術館は、建物自体も芸術作品と言っても過言ではないぐらい、見応えのある造りであった。
館内には多数の彫刻や絵画が余裕を持って飾り付けられ、そして高い天井にも芸術的な絵が描かれていて、思わず俺もテオもじっくり見入っていた。
ちなみにこの美術館では、随時美術品の買取も行っている。
その場には必ずオーナー自身が立ち合い、買い取るかどうか最終決定するのだ。
ほとんどは買取を断られてしまうのだが、もしオーナーの御眼鏡に適った場合は高額で買い取り、かつ美術館内で作家の名前を出して展示してくれるため、若き美術家達の登竜門となっている。
これはゲームでも同様で、生産系スキルで作った美術アイテムをオーナーへと持ち込み、買い取って展示してもらうのに情熱を燃やすプレイヤーもいる。
最も、プレイヤーの中ではかなり少数派ではあるようだが。
美術館から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
腰に付けた銀時計をチラッと見、時間を確認してからテオが言う。
「タクト、もうひとつだけ行きたいとこがあるんだけどいいかな?」
「ああ。どこに行きたいんだ?」
俺がたずねると、テオは「着いてからのお楽しみだよ!」と笑って答えた。
「なぁここって――」
「そう! 塀の屋上への入口だぜっ!」
テオが俺を連れてきたのは、国を囲む塀沿いにある小さな建物。
「ここ、さっきも来たばっかだよな?」
「いいからいいから♪」
渋る俺だったが、先にテオが係員に入場料を払って階段のほうへと行ってしまったため、仕方なく自分も料金を払い後に続く。「まったく、1日2回も上ってどうすんだよ……」と愚痴りつつも、先程と同じ長い長い階段を上って塀の屋上に到着。
屋上の一般解放終了時刻直前ということもあり、昼間と違って観光客は俺とテオの2人だけだった。
先に屋上に着いていたテオは、既に柵の前に立って街並みを眺めていた。
俺が声をかけると、テオは嬉しそうに「こっちこっち!」と手招き。
溜息をついてテオの元へと向かう俺だったが……。
柵越しに見えるのは、息をのむほど美しい夜景。
火の魔導具の暖かい明かりと、街並みとが作り出すその光景には、確かにもう1度上って眺めるだけの価値があったのだった。
それから俺たちは、部屋をとった宿屋の1階に併設された大衆レストランで夕飯を食べることにした。
俺はビーフステーキセットを、テオはローストチキンセットを注文。
メインメニュー以外は共通で、付け合わせはクタッとなるまでしっかり煮込んだ緑の葉物野菜に、塩コショウで味付けられたマッシュポテト。
それに薄くスライスされた硬めパンとコンソメスープ、赤ワインがついてくる。
「……昼間に色んな店のぞいたけど、やっぱりエイバスとは雰囲気も品揃えも全然違うんだな。全体的に上品で高そうな店が多かった気がする」
と、俺は赤身のビーフステーキを口に運ぶ。
大きめに切った肉からは、噛んだ瞬間に肉汁がブワッとあふれてきた。
「トヴェッテはお金持ちが多いからねー」
そう言って、赤ワインの香りを楽しむテオ。
一口飲んでは良い笑顔をしているあたり、どうやら好みの味だったみたいだ。
それは量より質を重視する高級志向の住民が多いためであり、他にも税金が高く仕入れ経費がかさむため等の理由があげられる。
このレストランで夕食を取ることに決めたのも、宿泊客への割引サービスがあったからというのが最も大きい。
俺が頼んだステーキはナイフがスッと入るぐらいに柔らかく、かつ旨みをしっかり閉じ込めるように焼いてあって、渋みが強い赤ワインとの相性も良かった。
夕食時だし、この味で19R(リドカ)――割引後の値段――は良心的すぎる価格だな。
「まぁお金持ちってたいてい自衛のための装備にこだわるから、ここなら割といい武器や防具は買えるはずだぜっ」
「ああ。手持ちはそこそこあるし……まずは装備を整えるのが正解だろうな」
依頼クエスト『小鬼の洞穴ボス討伐』達成報酬の2000Rは手つかずで残っているし、エイバスからトヴェッテまでの道中で倒した魔物からの大量のドロップ品も【アイテムボックス】に眠っている。
当面の装備を揃える予算としては十分だろう。
「となると……武器屋と防具屋巡りが明日のメインってことでいい?」
「おう。先に冒険者ギルドへ寄って、ドロップ品の売却もしたいところだな」
「OK! 俺は食べたらちょっと出かけてくるからさー、先に宿屋で休んでてよ」
「分かった」
夕食後。
いったんテオと分かれ、俺は1人で宿屋へチェックインする。
朝食付き1人1泊130Rと、料金はエイバス野兎亭の約5倍。
だけどあてがわれた客室は、分厚い花柄カーテンと壁に掛けられた風景画がアクセントで落ち着いた内装の、広さ15畳ほどの2人部屋。
そして共同浴場のみだった野兎亭と違い、各部屋に広めの貸切風呂がついている。
この設備と物価の高さをふまえれば、夕食と同じく妥当と考えていいだろう。
エイバスを旅立ってから3週間弱。
道中はテオの【水魔術】&【火魔術】でお湯を作ってもらい、それで体を洗ったり拭いたりはしていたものの、さすがに風呂には入れなかった。
広い湯船で1人ゆったり足を伸ばしつつ、この宿を選んで本当によかったな……と幸せを噛みしめまくったのだった。