美女たちの過激な水のかけ合いが終わった後は、浜辺は再び元の賑やかさを取り戻した。むしろ浅瀬での水のかけ合いが至る所で始まり、技名を叫びながら普通の水のかけ合いをする子供達が大勢いて、普段よりも賑やかさを増している。
実際に水を操れる大人達は逆に自粛し、苦笑しながらその光景を見守っているが、それでも我慢しきれない一部の大人達が集まり、先程のようなかけ合いを出来る場所を浅瀬の一部に作り、名物競技にしてはどうかと話し合っていたりする。
その話し合う大人達に商売の匂いを感じたノエラは、しれっと参加するのだった。
「その新しい競技で、様々な水着を着た若い男女が飛び跳ねるのは絶景だと思いませんこと? あの子達が着ているのは、私の店の新商品ですわ」
堂々と自分や一緒にいるフラウリージェ店員の水着姿を使い、新商品アピール。その結果、男性陣の……しかも、これまたしれっと話し合いに参加していた海水浴場の最高責任者の心を射止めてしまい、いきなり企画の重役の座と、最高責任者の後ろ楯をを得てしまうのだった。
話し合いが終わった後、いきなり外出先のリージョンで権力を持ったノエラは、態度には少ししか出さないが、かなり慌てている。
「なんか凄い事になってしまいましたね……こんなつもりではなかったのですが……」
「先方が可哀想になってきました……」
明日、水着の商談があるのだが、新作水着にモデルが王女ネフテリアという最強の手札を所持しているにも関わらず、自分自身でも現地最高級の力を持ってしまったのだ。もはや商談というよりは権力の暴力である。
しかし大きな権力に慣れていないノエラは、自分自身の立場に戦々恐々。どうしたものかと深刻な顔で悩んでいる。
「うーん……」
「店長、流石に色々怖いんで、王女様に相談してみたらどうです?」
「そっ…相談相手がなんかもうおかしい気がしますけど、たしかにそうですわね……」
今回は権力の象徴である王族が同行している。実は宿も一緒にと誘われていたが、ただでさえ服の注文や同行というだけで畏れ多いのに、一緒に寝泊まりとなると心労でおかしくなりそう……という事で、なんとか宿だけは別にしたのだ。
しかしこの件に関してはこれ以上無い程の適任者。覚悟を決め、浅瀬から戻って休憩中のネフテリアの元へ、ルイルイと共に向かうのだった。
盛大にぶっ飛ばされていたミューゼとパフィは、ネフテリアと目立たない場所に待機していたオスルェンシスによって拾われ、みんなの休憩している砂浜に運ばれていた。しかし全く休めない状況になっているのだった。
「一体どうしたのよぉ……」
「アリエッタ、なんで怒ってるのー? ほら、ナデナデしてあげるから」
「むぅ~」
ぺしっ
ミューゼが頭を撫でようとすると、それを手ではねのけ、クリムの後ろに隠れてしまう。パフィとネフテリアに対しても同じ反応をした。
「一体どうしたのかしら……」
「………………」
少し冷静に考えるネフテリアに対し、パフィはショックで声も出ない。ミューゼは涙目でオロオロしている。
これまでどこに行くにも一緒に行動し、2人には小動物のように懐き、言葉がほとんど分からずとも頑張って理解しようとし、2人の為に何かをしようとしていたアリエッタが自分達を拒絶しているという事実。こうなるとボロボロになって疲れている場合ではない。
「ど、ど、どうしようテリア様っ! アリエッタが! アリエッタが!」
「落ち着いてミューゼ、アリエッタちゃんは生きてるから」
勘違いしそうな慌て方をしているミューゼを慰め、アリエッタの事を考えるネフテリア。何故機嫌が悪いのか暴れている間に何があったのかを、その場にいた者達に聞く事にした。
・王城料理人の証言
「観戦していたらいつの間にか起きていたので……それよりも朝作った生地が使えなくなってしまいましたので、護衛というよりは同行人みたいになっていて立場上居心地が悪いです」
・食堂の店長の証言
「ミューゼ達が戻ってきた途端に機嫌悪くなったし。だから今までにないくらい懐かれてるし。理由までは分からないし」
・王妃の証言
「拗ねるアリエッタちゃんも可愛いわねぇ♪」
・体を埋められた水晶娘の証言?
「う~…う~…許してくださぁい……スタイリッシュ漬物石になる仕事はもう嫌ぁ……ムニャムニャ」
一通り調査を終えたネフテリアは考え──
「うん、分からん」
──るのを止めた。
大して有力な情報が無かったので、アリエッタとやり取りをしてみることにする。しかし、やはり視線すら合わせてくれない。
2回目に手を伸ばした時、その場から逃げるように動いてクリムの腕の中に自分からすっぽり収まり、動かなくなってしまった。
(みゅーぜの魔法見たかったのに、寝てる時なんてひどすぎるよ……見たかったよ……)
自分の行動に羞恥を覚える余裕も無い程、アリエッタは完全に拗ねていた。
3人が争っている間に短い昼寝をし、スッキリ目覚めたアリエッタ。膝枕をしてくれていたクリムが見ている方向を見た時、大きな水しぶきが治まり小麦粉生地がネフテリアを捕らえたのが見えた。つまり、2人がぶっ飛ばされる事以外はほぼ見ていない。その見逃した事実を、周りの拍手喝采で気づいてしまっていたのだ。
一度成熟した元大人の知能によって下手に状況整理が出来てしまい、かなり敏感に揺れ動く子供としての制御不能な感情のせいで、その身に起こった出来事に対する反応が普通の子供より顕著になっている。
この事実は今の所、冷静になれない本人はもちろん、転生の元凶であるエルツァーレマイアですらも気づいていない。
「はいはい、今日は甘やかしてあげるし」
「あぁ…そんなぁ」
「私を捨てないでほしいのよぉ~」
「浮気された恋人かっ!」
完全にアリエッタにそっぽを向かれてしまったミューゼ達は、ショックの余り砂浜に倒れ、嘆き始めてしまった。ネフテリアも一応ショックだが、そこまで固執していない為、倒れる事なく2人のツッコミに回っている。
ちなみに周りのシーカー達は、なんだか見てはいけない様な気がして、背を向けて別の事をしようと努力していたりする。
あまりの情けない光景に、オスルェンシスが口を開いた。
「どうしましょう。まだ早いですが、宿に戻りますか?」
「うーん……」
宿に戻ればピアーニャがいる。ピアーニャがいればアリエッタはお姉ちゃんとして頑張る。アリエッタが頑張れば機嫌も直り、ピアーニャ以外が幸せになる。ネフテリアは、そう考えを巡らせた。
「そうね、ピアーニャには生贄になってもらいましょう」
「なんの話ですか!?」
事情をよく知らないツーファンは、急な犠牲の話題で驚いてしまう。
このまま純粋に楽しめないなら、今日は宿の方でのんびり過ごすのも悪くない……と結論付け、みんなで戻る事にした。
……と、その時だった。
「すみませんネフテリア様! 今よろしいでしょうか!」
少し慌てた様子で、ノエラとルイルイがやってきた。
「どうしました?」
「急遽相談したい事がありまして……」
落ち着きのないノエラは、ネフテリアの返事を聞く前に急いで事情を話していく。水のかけ合いのスポーツ化、最高責任者からの後ろ盾を得てしまった事と、それをどうしたら良いのかという話である。
話が中断になったオスルェンシス達は、ミューゼ達を困惑したまま眺める事しか出来ないでいる。
しばらく必死に説明したノエラに対し、反応したのは……横で話を聞いていたフレアだった。
「なるほど。突然権力を持ってしまっては、どう動けばいいのか分からないのも当然ですね。わたくしも昔はそうでした」
「はい…………はえっ!?」
フレアに相槌をし、思わず二度見するノエラ。ファナリア人のノエラにとって、最初はいなかった筈の、王女以上の人物が、普通に話しかけてきたという事実に、理解が遅れてしまったのだ。
「おうムブッ!?」
オスルェンシスが慌てて口を塞ぎ、ミューゼの時と同じようにノエラの叫びを食い止めた。それでもなかなか落ち着かないので、仕方なく胸にある大きな塊を鷲掴みにし、そのまま引っ張り抱くように拘束した。
周囲の男達が数人前屈みになったが、そんな事は無視し、今はお忍びである事を物凄い剣幕で説明していった。
「申し訳ございませんでした……」
「いえいえ、話しかければ流石にバレてしまいますし、シスやツーファンもその時の為に動いてくれますから」
フレアは鍔の広い麦わら帽子で、ある程度視線を防いでいるので、離れた場所から見ている人々にはそうそうバレない。もし気付かれても、確認の為に王妃と思しき人物に話しかけてくる猛者はそうはいない。
「それでは、この場所で話をする内容ではない様なので、あちらのお店に入りましょうか。テリア、折角なので一緒に行きますよ」
「え? あ……はい」
急に声をかけられ、ネフテリアはうっかり返事をしてしまった。そしてそのまま離れた所に見えた海水浴専用カフェの中へと、ノエラ達と共に水着のまま連れていかれるのだった。
オスルェンシスも護衛として一緒についていき、残ったのはミューゼ達とツーファン、そして頭以外を埋められたパルミラ。
「ええと、どうしましょうか」
結局宿に戻るという話は中断のまま、動ける人数が減ってしまった。これでは全員を宿に運べない。
アリエッタは拗ねてしまい、クリムにべったりしているので、クリムもある意味動けない。
「ノエラさんが必死だったから仕方ないし。このままのんびり待つし」
「はぁ……ではこのお二方は……」
「その子と一緒に埋めとくといいし」
「……はい、そうします」
こうして、ショックで倒れた3人の首が、砂浜に並ぶのだった。
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