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【終章】
あの日――ゲームセンター内に設置されていた椅子に腰掛け、僕は凜花さんから詳しい事情を訊いた。あの日の真実を、全て。
正直なところ、僕は凜花さんのことを恨んでいた。至極当たり前のことだ。だって凜花さんは僕を女性恐怖症にした原因の一人だったから。
しかし、それは僕の間違いだった。勘違いだった。凜花さんのことを恨む理由なんかひとつもなかったのだ。何故なら、彼女もまた、僕と同じ被害者だったから。
端的に言うならば、イジメ。凜花さんはあの上位カーストに位置する女子達からイジメを受けていた。罰ゲームを強制され、そして僕にあのようなことをするしかなかったのだという。彼女から感じた強い罪悪感はそれが理由だったんだ。
好きな人を騙さなければならなかった。こんなにも辛いことはなかったはずだ。当然、今は凜花さんのことを恨んでいない。全く。むしろ同情してしまったくらいだ。それに彼女がイジメの標的にされた理由が重なるんだ。そう、心野さんと。
凜花さんがイジメられるようになった原因、それは『可愛すぎるから』というものだった。だから目立った。そしてイジメのターゲットにされた。それは完全に心野さんと同じ理由じゃないか。改めて思う。女性の嫉妬心は本当に怖い。
僕はあの日の真実を知ることができた。それはとても幸運なことであると言っていいだろう。しかし、僕は悔いる。
凜花さんとの話の途中だったとはいえ、僕は心野さんのことを追いかけるべきだったんだ。どんなに断られようが。拒否されようが。
そうすれば、『あんな事』にはならなかっただろう。
* * *
いつも通りの時間に自宅を出て、いつも通りの景色を見ながら登校する。だけど、今日はいつものように空を見上げたり、朝の新鮮な空気を吸い込んだりする気にはなれなかった。心野さんのことばかりを考えてしまう。
とにかく今日も、いつもと変わらない日常を送ることができるよう心から願っていた。
しかし、それは叶わなかった。
痛感させられる。僕はなんて馬鹿な男なのだろうかと。
* * *
教室のドアをがらがらと音を立てて開け、そして自分の席へと向かう。そして視界に入る。隣の席の心野さんの姿が。
良かった、具合が悪いと言っていたから学校をお休みするんじゃないかと思っていたから。きっと大丈夫。今日も変わりのない日常を送れるはずだ。
でも、心野さんを一目見て分かった。
日常のバランスは、崩れ始めていた。
「こ、心野さん、おはよう」
いつもと変わらない朝の挨拶を投げかけたけれど、彼女からの返事がない。心野さんは、まるでカタツムリのように体を丸め、机に突っ伏していたのだ。
もう一度、僕は彼女に声をかけた。
「こ、心野さん。昨日はごめんね。あれから大丈夫だった?」
すると、心野さんは机に突っ伏したまま、小さな声で、声を絞り出すようにして応えてくれた。しかし、それは今までとは全く違う、僕の知らない心野さんだと錯覚する程、弱々しいものだった。
「……ごめんなさい、但木くん。今は、話しかけないでください」
* * *
「そっか……ココちゃん、また心を閉ざしちゃったんだ」
放課後、僕は緊急会議を開いた。メンバーは僕、友野、そして学級委員長である音有さんの三人。『三人寄れば文殊の知恵』というわけだ。
友野は僕の話を聞いてから、ずっと眉間に皺を寄せていた。見たことがなかった。友野がここまで考えている――否、困った顔をするところを。
「但木、お前なあ……。どうして心野さんを追いかけなかったんだよ。具合が悪いと言ってたんだろ? それに、本当はお前に追いかけてきてほしかったんじゃないのか? 心野さんは。いくら親友のお前とはいえ、さすがに呆れるぜ」
ぐうの音も出なかった。友野の言う通りだ。僕はデートの途中で、心野さんを帰してしまったのだから。あれは絶対に追いかけるべきだったんだ。
が、どうしてだろう。聖女様である音有さんは違った。僕が詳しく話すたびに、彼女は自身の中でひとつの推論を立てていたようだ。そして最後には何かを納得するように、確信したように、笑顔を浮かべる余裕まで見せた。
「ねえ、但木くん? それってあまり深刻に考えすぎないでいいのかもよ? なんとなくだけど、今回のケースは中学の時とは状況がちょっと違うように感じるの」
「状況が……違う? すみません音有さん、詳しく話してもらっていいですか? 僕には全然分からなくて」
「うん、いいよ? 女の勘なんだけどね」
女の勘、か。確かにそれもあるのかもしれない。でも一番大きな理由。それは音有さんが心野さんの幼馴染だからこそなのだろう。
そして音有さんの言葉を聞いて、僕は驚き、困惑することになる。感情が混線するかのような、そんな感覚だった。
「たぶんココちゃん、その人に対して嫉妬しているだけだと思うの」
考えたことがなかった。嫉妬だって? 心野さんが?
「あ、あの、音有さん? どうして嫉妬だと思ったんですか?」
「うん。だってさ、ココちゃんが言ってたんでしょ? 『今は』って。それって、ココちゃんは今、自分の感情を整理しているからだと思うの」
「ああー、そういうことか。委員長の話を聞いて納得した。それ、十分にあり得ることだと思うぞ? 心野さんは、その、誰だっけ? そうそう、凜花さん。凜花さんと話しているところを見てしまったり、過去形とはいえ『好きだっだ』という言葉を聞いてしまったり。それで嫉妬しちゃったのかもな」
よほど納得したんだろうな。さっきまで眉間に皺を寄せていた友野に、いつもの飄々とした表情が戻っていた。
「あのさ、友野くん? 委員長って呼び方、もう止めてって言ったよね?」
「悪い悪い。ついクセでね。それでさ、委員長?」
「ぜーんぜん分かってないじゃないの!」
唐突にやってきた、二人への疑惑。何? この二人の会話? 距離感がやけに近い。しかも、よく見ると、各々が椅子に腰掛けているわけだけれど、友野と音有さんの距離が近すぎる。
この二人、もしかして……。
「あ、その目。お前気付いたな。但木は鈍いのか鋭いのか、未だに分からないんだよな、俺。でもさ、それで正解。俺と委員長、付き合うことになってさ」
な、何ぃーー!!?
いや、今までずっと友野と一緒にいたから、コイツはモテモテで告白されまくりで、そして恋人ができることなんか日常茶飯事だからもう慣れているんだけど。だけど、ちょっとビックリ。確かに二人はお似合いだとは思っていた。しかし、それにしても電光石火すぎるじゃないか。
「え、あのー。友野と音有さんが付き合ってるって、いつから?」
「あの日は土曜日だったから、二日前か」
「ふ、二日前……」
僕と友野のやり取りを聞いて、音有さんが割って入ってきた。
「……友野くん。それ以上話したらどうなるか分かっているでしょうね?」
音有さん、怖っ!! 言葉もそう。雰囲気もそう。黒々しい怒りのオーラが目に見えるようだ。しかも顔はまるで仁王様の如くだし。どこに行ってしまったんだい、聖女様よ。
「何ビックリした顔してんだよ、但木。委員長のことを聖人君子とでも思ってたのかよ。この前告られたんだよ。いや、ちょっと違うか。押し倒されて無理やりって感じだったな、確か。って、ぐわああーー!!」
音有さん、もとい聖女様、もとい仁王様。そんな彼女が友野の小指を狙って、上履きの上から思い切り踏みつけた。状況が良く分からないよ!!
「それ、絶対に誰にも言わないでって、私、言ったよね?」
「は、はい。い、言ってました……」
友野が、音有さん(仁王様ver.)に勢いで負けてる。というか、イニシアチブを完全に取られている。尻にひかれている。なんだか目新しい。
でも、僕の思った通りだ。
友野と音有さんは、絶対に相性が良い、はずだ。
「但木くんも。今のこと、絶対に誰にも言わないように」
「は、はい……絶対に他言にしません……はい……」
音有(仁王様ver.)さんは僕をギロリと睨みつけた。だから怖いって!!
人は誰しもが二面性を持ち合わせている。いるんだけれど……。
そして音有さんはひとつ深呼吸をしてから椅子に座ったまま姿勢を正した。それから「それじゃ、緊急会議を続けましょうか」と、さも当たり前のように言った。天使のような笑顔を浮かべながら。
僕が音有さんだけは絶対に敵に回すまいと心に誓った瞬間だった。