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僕は教室に掛けてある時計を見やる。18時まであと五分強。そろそろ下校のチャイムが鳴る頃だ。緊急会議もそろそろお開きかな。
「なあ友野。それと音有さん。ちょっと訊きたいんだけど、二人ってどういう流れで付き合うことになったの? 後学のためにも教えてほしいんだけど」
「う……」
やたらと答え辛そうに、音有さんは黙りになってしまった。まあ、友野を押し倒したりしたみたいだから当たり前か。
でも、それだけで友野は誰かと付き合ったりすることはない。だから流れだったり経緯だったりを知りたかったんだ。
「ああ、付き合うまでの流れか。この前の土曜日にさ、委員長が俺を無理やりカラオケ店まで連れていってな。その後だな。二人で公園に行ったんだけど、そこで人目も憚らずに俺のことを押し倒して、って、痛ってーーーー!!!!」
本日二度目の、友野の悲鳴。音有さんは先程と同様、友野の足を思い切り踏みつけた。どうやら『仁王様ver.』は続いているようだ。
「友野くん? 後で話があるから」
「は、話って。ここで言えばいいだろ。それに俺のことを押し倒してきたのは事実だし、そこはちゃんと認めろよ」
「駄目です。キチンと話す必要があるので。あと、それ以上無駄口を叩くなら、友野くん、それなりに覚悟しておくこと。分かった?」
うん、やっぱりまだ仁王様ver.だ。って言うか本当に顔が怖すぎ!
「か、覚悟ってお前……俺に何するつもりだよ……。怖すぎるんだよ……」
「そうね。何してあげようかしら。とりあえず、私を舐めない方がいいわよ? この先の人生、普通に送りたいでしょ?」
「わ、分かりました……黙ってます……」
いや、この二人ってお似合いなのは確かなんだけどさ。でも、友野の精神力やら体力やらがどんどん削られていっているような。
というか音有さん、友野に対して本当に何をするつもりだったんだ? 知りたいけど怖すぎて訊けない……。
「あ、あのー、音有さん? コイツ、これでもバスケ部のエースだから、足の指を骨折したりしたら大変なことになると思うんですけど……」
僕の言葉を聞き、音有さんはスッと仁王様ver.を解除。聖女様にお戻りになられたようだ。椅子にしっかり座り直して、僕に微笑みを返す。
「あらいやだ、私ったら。はしたない。じゃあ、足の指はやめておくね。別のところにしておくわ」
そ、それって『顔を殴ってアザができたらバレるからから腹パンにしておこう』というヤンキーの発想と同じなんですけど……。
そして、ちょうど下校のチャイムが鳴り響く。タイミングを見計らったかのように。そんなわけで、ここで緊急会議はお開きとなった。深く、深ぁーくホッとしたようにふうーっと友野は息を吐いた。なんかこの短時間でやつれてないかお前?
* * *
「なあ友野、いいのか? 音有さんを先に帰しちゃったりして」
緊急会議が終わって廊下に出る際、友野は音有さんに何かを言ったらしい。そして今、僕と友野は二人きりで廊下を歩いている。
「ああ、大丈夫大丈夫。後でちゃんと合流することになってるから。それよりもさ、俺は但木に訊きたいことがあってな」
「訊きたいこと?」
「そう。あのさ、但木。率直なところ、お前って心野さんのことが好きだったりするのか? 恋人同士になりたいとか」
友野からの、突然の質問。それはとてもシンプルな疑問であり、自然かつ当然なものだった。だから僕は考えた。そして、自分の胸中を探ってみる。しかし、答えが見つからない。
「――正直なところ、僕自身にも分からないんだ。これまでずっと女性恐怖症だったから、誰かに恋愛感情を抱いたりしたことがないから」
そう、これが僕の嘘偽りのない正直な心の内。おかしな話しだ。僕自身の気持ちなのに、僕自身では分からない。理解ができない。
そんな自分が、少しだけ、気持ちの悪い奴に思えてしまった。
「なるほどね。まあ、無理もないか。でもな、但木。お前、そこはちゃんと整理しておけよ。心野さんのためにも」
「心野さんの、ため?」
「そう、心野さんのため。それと、もちろんお前のためにもな。委員長も言ってただろ? 心野さんは『嫉妬』をしてるだけだって。俺もそれを聞いて、確かにそうだなと思ったよ。だからこそ、お前が心野さんとしっかり向き合うためにも、お前は自分の気持ちを整理して、理解しておけ。じゃないと、彼女が可哀想すぎるだろ」
何も言葉を返せない。だって、友野の言う通りなのだから。まさに正論であり、至論。気持ちの整理、か。
「まあ、どんな形であれ、今のお前は心野さんのことを第一に考えてやれ。自分のことは二の次でな。ビビッて保身に走るなよ?」
「……分かってるよ」
そうだ。今は自分のことではなく、心野さんのことを第一に考えよう。保身? そんなことはしないよ。僕は自分を犠牲にしてでも、心野さんとしっかりと向き合う。向き合ってみせる。
「あとさ、なんとなく感じるんだよ。これはお前にとってひとつの運命の分岐点なんじゃないのかって。分かってると思うが、気合の入れどころだぜ?」
「運命の、分岐点……」
「そう、分岐点だ。凛花さんだっけ? その子の当時の事情というか真実も把握することができた。少しはお前もスッキリしたんじゃないのか? だから、但木が変われるかどうか、後はお前次第なんだぜ? どうしても、それを伝えたくてな」
そうか、だから音有さんと一度別れて再度落ち合うことにしたんだ。男と男で、腹を割って話すために。
「友野、最後に訊いていいか? どうして音有さんと付き合うことにしたんだ? 今まで恋とかそういうこととは無縁だった僕に、それを教えてくれないか?」
「ん? ああ、いいぜ」
一度、足を止めた僕に振り返り、そして教えてくれた。
今まで見たことのない、友野の真剣な目で。
「委員長はな、俺の外見なんてどうでもいいんだってさ。あの人はな」
――あの人は、俺の内面を好きだと言ってくれたんだ。
友野はそう、答えてくれた。
* * *
「ふうー。今日はちょっと疲れたな」
自宅に帰ってきた僕は真っ先にベッド向かい、仰向けで寝転がった。天井を見上げながら。友野の言葉を思い出しながら。
「友野の言う通りだな。僕は心野さんとしっかり向き合わなきゃならない」
逃げ出したりはしない。僕は心野さんとしっかり向き合う。そしてまた、今まで通りの日常を取り戻すんだ。
でも、僕の考えは甘かった。
今の状況はそんな簡単で単純なことではなかったのだ。
「ん? スマホ?」
テーブルの上で、スマートフォンが振動している。そして、僕はそれを手に取った。そこに表示されていた、一通のメッセージ。
それは、とても奇妙なメッセージだった。
「な、なんだよ、これ……」
甘くない状況。甘くない現実。そして、真実。これはその始まりの合図だった。事が、動き出した。
心野さんは、創ってしまったんだ。
もうひとつの世界を。