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「朱里……。だけど私、やっぱり理仁さんとは家族になれないよ」
「どうして? どうしてなれないって決めてるの? 双葉はさ、理仁さんとの身分の差とか、そんなことをずっと気にしてるんでしょ?」
朱里にキツめに言われてドキッとした。
「だ、だって、常磐グループだよ。私にだって常磐グループがどれほど大きな会社なのかくらい、ちゃんとわかるよ。世界だよ、理仁さんは世界を動かす人なんだよ。そんなすごい人と私が家族になって、常磐グループの中に入るなんて、そんなの……どう考えてもおかしいよ」
ずっとそこで止まってる。
その先にはどうやったって進めない。
これは、理仁さんの幸せのためなんだから――
「双葉ちゃん。常磐グループなんて関係ないでしょ。双葉ちゃんが好きなのは、理仁君自身なんだから」
「……でも……」
「たとえどんな重圧があったとしても、理仁君があなたを守ってくれる。だから安心して理仁君の胸に飛び込めばいいのよ。そうすれば必ず、双葉ちゃんは幸せになれるんだから」
ママさん……
「そうだよ。お母さんの言う通りだよ。双葉はちゃんと幸せになれるんだから」
「……ありがとう。2人の気持ち、すごく嬉しい。私のことを真剣に考えてくれて有難いよ。でも、もみじちゃんの気持ちを知った今、余計に理仁さんに近づいちゃいけない気がしてて。私だけが幸せになっていいのかなって……」
あの時のもみじちゃんの顔が忘れられない。
私を憎む、もみじちゃんの鋭く尖った視線がいつまでも心から抜けない。
「双葉! どこまでお人好しなの? もみじちゃんは関係ない! 双葉を苦しめた家族のことなんて忘れていいんだよ。もう、十分頑張ったんだからさ、これからは自分の幸せだけを考えないとダメだよ。せっかく目の前に大きな『幸せ』があるのに、遠慮なんかしてちゃ、それを掴めないよ」
「朱里……うん……」
複雑だった。
どんな風に考えれば最高の答えが見つかるんだろう。
結仁の寝顔を見ていたら、自分のこどもの頃から今までのことがよみがえってきて自然に涙が溢れた。
久しぶりに思い出す、小さな頃の私――
甘えたくても両親はおらず、我慢、我慢、我慢で。
確かに学校に行けば友達はいた。だけど、いつも素直になれない自分がいて。
でも、今、私は母親なんだ。ちゃんと強くなって、この子を守らなければ。いつまでも泣いていたら、結仁があまりにも可哀想だ。
数日後から、私は「灯り」で働きながら、料理の勉強を始めた。
ママさんに甘えていることが、すごく申し訳なかったけど、いつか自分のお店を出して、必ずママさんや朱里に恩返ししたいと思ってる。
仕込みが終わり、いよいよ「灯り」の開店時間。
のれんを出すと同時に数人のお客様が笑顔で入ってきた。
「双葉ちゃん、今日からここで修行だって? エプロン姿似合ってるね~」
「ありがとうございます。今日からお世話になりますね」
「ああ、双葉ちゃんがいるなら、毎日でも通おうかなぁ」
「あ~、山下さん! 山下さんは朱里推しって言ってましたよね~」
「朱里ちゃん、聞いてたの? ちゃんと朱里ちゃんのことも推してるから」
「双葉はね、ダメですよ。今は料理に集中しなきゃいけない時なんで~」
「厳しいね、朱里ちゃん。仕方ない、朱里ちゃん推しを貫くよ」
「は~い。いつもありがとうございます! 山下さん、今日は熱燗にされますか?」
理仁さんとのことを応援してくれてるから、朱里はこんな風に私を守ってくれてるんだろう。
「灯り」には、私に励ましを送ってくれる常連さん達がたくさんいる。私を支えてくれる人達がこんなにいると思うと、何だか勇気が湧いてきた。
結仁のため、涙はしばらく封印して、ただ前を向いて、地に足をつけて1歩ずつ進んでいきたい。
「はい。肉じゃがお待たせしました」
「双葉ちゃん、ありがとね~」
「どういたしまして」
明るい笑顔で満たされる「灯り」の夜は、まだまだ始まったばかりだ――