そこから何日も経って、僕もルーチェも完全にあの人に懐いていた
言うなれば、あの人を母として見ていた
僕たちの元の家は普通じゃない事は知っている
だから普通の家族というものを知らないから、普通の母親もどんなものなのか知らないけれど
普通なんてどうでもよかった
僕たちが幸せだと感じていればそれで良かった
(なにより)
「おかあさん!おかあさん!」
「ふふ、どうしたの?ルーチェ」
ルーチェが楽しそうなのが僕にとって、何よりも嬉しかった
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夜になって晩御飯を食べる時間になった時だった
コンコン、と何かを叩く物音がした
その音がすると、母さんがどこか嬉しそうに玄関へ向かっていく
「どーしたんだろ?」
「どうしたんだろうね」
母さんが扉を開けると外から知らない男が入ってくる
「ただいま、元気にしてたか?」
「おかえりなさい、私はいつだって元気よ 」
(せがたかい、それにからだもおおきい)
ルーチェもじっと男を観察している
きっと今回も僕たちの考えている事は同じだ
僕とルーチェでお互い2人に見えないように作戦を伝える
しばらくそうしていると、男が急に母さんに向かって手を振りあげた
(あ、やっぱり)
僕が男に向かって体ごと突っ込んで体勢を崩す
体勢を崩せたらすぐに男の上から離れてフォークを持ったルーチェが男の顔面にそれを突き刺す
男が抵抗出来なくなるまで何度も何度も突き刺す
まずは視力を奪って、次に首だ
流石に男も無抵抗じゃない
必死に抵抗してくる
だから僕も近くにあった手頃な物を持って何度も男の頭を殴った
頭を殴れば脳に損傷を与えられる
そうしたら人間は基本動けなくなる
途中、何か甲高い音が聞こえた気がするけど、僕たちは男が動かなくなるまで殴って、突き刺した
しばらくすると男は頭から大きく出血した状態で横たわり、動かなくなった
(いちおうかくにんしておかないと)
男の手首に手を当てて脈を測る
ちゃんと死んでいるか確認しておかなければならない
「どう?しんでる?」
「……うん、みゃくがない
ちゃんとしんでるよ」
「やったぁ!
これであんしんだね!」
ルーチェも僕も安心感から笑みが浮かぶ
「あ、そうだ、かあさんは?」
さっきから声が聞こえない
母さんがいる方向を向くと、目を大きく見開きながら膝をついた母さんが見えた
(もしかしてぼくたちがひとをころしたことにおどろいているのかな)
でも、僕たちにとっては暴力がある世界が普通だった
自身を守るためには相手を傷つけなければ、生きていけなかった
(だからちゃんとせつめいすれば、かあさんはきっとぼくたちをだきしめてくれるよね?)
頑張ったね、よくやったねって
だって僕たちは母さんを危機から救ったんだから
「ねぇおかあさん、ごはんたべよー?
さめちゃうよ」
「きゅうにしらないひとがはいってきてびっくりしたよねー
でもぼくたちがやっつけたからあんしんして!」
「………おかあさん?」
何度僕たちが話しかけても母さんは何の反応も返してくれなかった
焦点の合わない瞳でどこか遠くを見つめているような感じだった
そんな時知らない声が聞こえた
「いやぁまさか、殺してしまうとまでは思わなかったなぁ」
「……ねこちゃん?」
その声の主は、僕たちが初めてここに来た時に僕たちをここまで案内した猫だった
(ねこがはなすなんて、そんなこと、できるはずないのに)
僕たちの動揺など気にも留めずに猫は話す
「ありがとう、君たちのおかげで今日はご馳走が喰べられたよ」
「………きみに、なにもしてないけど」
「うん、君たちからすればそうだろう
でも僕からすると、君たちからご馳走を貰ったんだよ」
「そこでだ、君たちに何かプレゼントがしたい
君たちが望む物なら何でも用意しよう」
その言葉に僕たちは目を見合わせる
この猫の正体、話の信憑性、もし話を信じるとして、僕たちの望みは?
色々な事が頭を巡る
猫は母さんの肩に飛び乗り猫の仕草をしながら淡々と話す
「この子は僕にとっても興味深いんだ」
「何せここまで欲も無くて、他者に慈悲を与える人間は珍しいからね」
「今のこの子はね、混乱しているんだ
我が子のような存在だった君たちが殺人を犯したからね」
「だから頭の整理が追いついてないからこんな状態なんだ」
「だから、こういうのはどうだろう」
「この子の精神が回復する最善の場所を提供しよう」
「君たちにとってもこの子は大切だろう?
ならこの提案は君たちの望みに十分値するもののはずだ」
「どうかな?」
その猫の話を、僕はどこかぼーっと聞いていた
何せこの状況はあまりにも現実味が無さすぎる
「あぁ、2人で相談してもらっても構わないよ
望みの内容を決めるのは君たち自身だ、変更することだって構わない」
「僕に聞かれたくなければ席を外そう
また後で戻ってくるから、ゆっくり考えてくれ」
そう言うと、猫は窓からぴょんと外に飛び出していった
僕はまだ少し混乱した状態でルーチェに話しかける
「こんなの……おかしすぎるよ……
しんようできない、だって……ねこがしゃべるなんて……」
「………でも、おかあさん、なにもはんのうしてくれなくなっちゃった……
おかあさんがわたしたちをみてくれないのは……いやだよ………」
「………でも、ほんとうにかなえてくれるとおもう?
ねこだよ?ねこになにができるっていうの……」
「………フォンセだって、分かってるでしょ?
たぶん、みためがねこなだけで、なかみは………ねこじゃないなにかだよ」
「……しってる……
さいしょから……おかしいと、おもってたから…」
2人で顔を見合わせ、真剣に考える
あの猫の言っている事が本当なんて確証はどこにもない
ましてや、望みを叶えてくれるなんてありえない
でも、母さんがこのままなのは嫌だ
だから一旦、あの猫の提案を受け入れようという事で、話はまとまった
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少しすると、猫が再び戻ってきた
「どうやら、考えがまとまったみたいだね」
「僕の提案を受け入れる、という事でいいかな?」
「………うん」
「そうか、それならよかった」
猫は嬉しそうに目を細める
見れば見るほど、それは猫じゃなくて人間がするような仕草だった
「そうと決まれば早速動かないとね 」
すると猫の体が急に膨らみ始めた
僕たちは危険が及ばないであろう場所まで遠ざかる
母さんにも危害がいかないように2人で引っ張って移動させる
「君たちは本当に警戒心が強いな
傷つけようなんて意志は見せてないのに」
異形と言うにふさわしい姿にまで膨張した猫だったものが話しかけてくる
(……ちょっとでも、しんじるべきじゃなかったな)
現状を見て、少し前の自身の考えを後悔する
おそらく僕たちの考えは読まれている
その状態で、先程の男より大きく膨らんだものを殺すのは難しいだろう
相手の目的が何かも分からない状態だ
いつ殺そうとしてくるか分からない
しかしその膨張していたものはだんだんと縮んでいき、僕たちより少し背が高い人間の姿になった
「ごめんね、驚かせたかな」
「それじゃあ、改めて名前を名乗っておこうか」
「僕はメディ、これからよろしく」
どういう原理かは分からないけれど、猫が人間へと変化してそう僕たちに挨拶した
「………これから?
おかあさんをあなたがいっているばしょにつれていって、あなたとはそれでおわりじゃないの?」
「君たちがそれで良いと望むならそれでもいいんだけど」
少し話すのをやめて僕たちを見つめてくる
「君たち、これから住む場所はどうするつもりだい?」
「この家に住み続けるにしても、この男の死体を処理したとしてもきっと君たちはいつか捕まることになるだろう
何せ証拠が多すぎるからね」
その言葉に僕は何も言い返せなかった
最もな指摘だったから
「だから君たちには新しい家も提供したいと思っているんだ
君たちが2人きりで住める家をね」
(ぼくと、ルーチェでふたりきり……? )
それだと母さんは、一体どこに住むというのか
僕の考えを読んだかのように、再びそいつは話し始めた
「この子は今は君たちと一緒にいない方がいいだろう 」
「だけどその状態はずっと続く訳じゃない、それにたまになら会いにいけばいい」
「……それじゃあ、はなしがちがう
わたしたちのおねがいは…おかあさんといっしょにすごすことなのに……」
ルーチェは不服そうな顔で異議を唱える
しかしそいつはあっけらかんとした様子で反論する
「そうだね、でも君たちの望みは今の状態のこの子と過ごす事なのかい?
それで君たちが幸せになると言うのなら僕はそれでもいいけれど」
「………それ……は……」
「大丈夫、そんなに心配しなくても君たちがこれから住む所とこの子が行く所は大分近い場所さ」
「四六時中一緒はあまり勧められないけど、毎日会いに行くくらいなら良いと思うよ」
「……それなら……まぁ……」
ルーチェは完全には納得していたが、その言葉に引き下がる
「君も、それでいいかな?」
「……うん…」
僕も、その言葉に同意する
こいつの言っている事は最もだったのもあったけれど、何よりも
有無を言わさない圧のようなものがあった
もしここで断ってしまえば、何をしてくるか分からないような雰囲気が
だから僕もルーチェも肯定するしかなかった
僕たちの返事にそいつはにっこりと笑いながら話す
「納得してくれたようで良かった
それじゃあ早速案内しよう」
そう言って僕たちは母さんを連れてそいつについて行った







