「高校まではエスカレーター式の学校だったけど、俺と少し仲良くしただけで陰湿ないじめを受けて転校していった女子がいた。有名企業の令嬢がいて、その子は自分こそが俺の彼女に相応しいと思い込み、ずっと付きまとってきた。でも俺は彼女に興味を持てず、特別扱いをしなかった。だからなのか、その子は俺が友達として普通に接した女の子がいるだけで、陰で酷い嫉妬をしていた。彼女は俺が何をするにも付きまとい、他の女子は遠慮する。……恋人でもないのに支配されているように感じた」
彼は私の手を握り、指を絡めてきた。
「……卒業後、俺はもっと自由な所に行きたいと思って外部受験をし、尊と同じ大学に通うようになった。初めて気の合う男友達ができて楽しかったな。それまでも友達はいたけど、金持ちの坊ちゃんとしての付き合いありきだった。尊も結局は坊ちゃんだけど、あいつは苦労人だから温室育ちの坊ちゃんとは違って、目の前の問題に貪欲に食らいつく力がある。話を聞いていると飽きないし、野心もあるから応援したくなる。それに一緒にいると自然体でいられるし、馬鹿な事をやったら笑ってくれる。三日月家の長男として気を遣わなくていい相手って、初めてだった」
彼は小さく笑み、脚を組む。
「いっぽうで女運はないままだった。皆俺を支配したがり、物扱いして『涼くんは私のもの』と言って取り合ったり、『皆の物』と言って協定を結んでる。……俺は誰の物でもない。感情を持った人間だし、自分の意志がある」
涼さんは誰もが羨むお金持ちな上に美形で、叶わない事なんてないと思っていたけれど、意外なまでに人間扱いされていなかった。
「しまいには『涼くんは○○しない』って理想の三日月涼を俺に押しつけて、勝手に幻滅する。……だったらアイドルでも追いかけてろって話だよ」
嘲るように言ったあと、涼さんはクシャリと前髪を掻き上げた。
「『尊と出会えたように、女性だって誰かは俺を本当に愛してくれるかもしれない』と思って、良さそうと思った女性と付き合ってはみた。……優しくていい人たちではあったけど、俺が『家を捨てて二人で自由に生きよう』って言ったら、面白いぐらい狼狽してたな。試すつもりはなかったけど、結局みんな三日月家のブランドが好きなんだ」
今まで涼さんの事を、優しくて理想的な男性と思っていたけれど、やはり彼にも押し殺していた負の感情はあった。
勿論、ポジティブな人と付き合いたいとは思うけど、何も苦労していないお気楽な人と一緒になるのは嫌だ。
だから彼が自分の抱える闇を教えてくれる事によって、本当の意味で涼さんを知る事ができると思った。
「彼女たちはやたらと記念日を作って、事あるごとに高額なプレゼントを求めた。……勿論、ブランドバッグの一つや二つ、宝石なんて痛い出費じゃない。でもそのいちいちをSNSに載せて『彼氏にもらいました』って自慢し、俺の写真まで載せようとする人には付き合っていられなかった。結局俺は、どこまでいっても〝顔が良くて金持ちの、三日月家の御曹司〟で、女性にとっては単なるアクセサリーだ。……だから一時は、好きな人を見つけるのを諦めようと思った。〝皆〟が望む行動をして嫌な事も我慢すれば、〝皆〟は俺を許して平穏な生活を送らせてくれるのか……って」
結婚はある種の妥協と言うけれど、自分をステータスでしか見ない相手と過ごすのは、とても苦痛だろう。
「それでも、三十五歳までは頑張ろうと思っていたら……、俺を物扱いしない恵ちゃんと出会えた」
涼さんは私のほうを向いて横臥し、切なげに笑う。
「恵ちゃんは『自分には価値がない』と思っているかもしれない。でも世の中には、飾らないそのままの姿でいてくれるだけで、救われる存在がいるって事も知ってほしいんだ」
彼の過去の話も踏まえてそう言われ、やっと涼さんが私を求める理由を理解できた気がした。
「恵ちゃんは、俺が君を囲い、守って導いているように感じているかもしれない。でも実際は、俺が君に跪き、愛を求めているだけなんだよ」
とても綺麗な愛の言葉を捧げられ、なんでか知らないけど涙が出てしまった。
私は『男みたい』と言われて育ち、自分の事を〝痴漢されて損なわれ、汚された存在〟だと思っていた。
自分に価値を見いだせず、男性を愛せず親友を好きになった私は、一生人並みの幸せを得ず生きていくのだと思っていた。
なのに、そんな穴ぼこだらけの欠陥品の私に、「そのままでいい」と言ってくれる人がいる。
――生まれて初めて異性に認められた。
家族は私を兄二人と一緒に大雑把に育て、友達も私の事を姐御扱いして頼ってきた。
朱里は損なわれた私を受け止め、決して否定せず、友達として側にいてくれた。
でも彼女の運命の相手は篠宮さんで、私は二人が寄り添う姿を、一人寂しく見送るものと思っていた。けれど――。
「~~~~っ、……私で、……いいんですか……っ?」
「恵ちゃんじゃないと駄目なんだ」
涼さんの甘い言葉を、今ならやっと素直に受け止められる。
私は涙を零し、唇をわななかせて訴える。
「……っ、私、多分……っ、まだ当分は面倒臭い事を言うと思います」
「恋人の我が儘を聞けるなんて、ご褒美じゃないか」
「……っぜっ、……贅沢に慣れたら嫌な女になるかもっ」
「現時点で、全力で贈り物を拒否している君なら大丈夫だと思うよ」
「……あんまり甘やかしたら……っ、好きになりすぎちゃって後悔するかもしれませんよ?」
「ご褒美以外のなんだろうね?」
何を言っても、彼は大らかな心で受け止めてくれる。
私は次から次に涙を流し、子供のように手で目元を拭いながら確信した。
――この人なら大丈夫かもしれない。
コメント
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恵ちゃん、面倒くさい女をまるっと愛してくれるオトコが一番よ(*´︶`*)ノ