テラーノベル
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天知家のリビングには、午後の穏やかな日差しが差し込んでいた。
テーブルの上には読みかけの本、ゴセイカード、そして湯気の立つカップ。
ハイドはソファに腰掛け、静かにコーヒーを口に運ぶ。
コト……。
カップを置く音だけが部屋に響いた。
ハイド(……地球は平和だ)
最近、大きな戦いもない。
護星天使としては喜ぶべき状況だが――
ハイド(……なんか、おもしろいことないか……?)
自分でも意外な思考だった。
そのとき。
バタバタバタッ!
勢いよくリビングの扉が開く。
望「みんなーー!!」
天知望が、両手で一枚の大きな紙を掲げながら飛び込んできた。
アラタはテーブルに寝転びながら顔を上げる。
アラタ「望? それなに?」
望は得意げにポスターを広げた。
望「じゃーん!お化け屋敷のポスター!」
カラフルな文字と、不気味な屋敷の写真。
『期間限定・最恐体験!絶叫ホラーハウス』
モネ「うわっ、なにそれ……」
エリ「お化け屋敷?」
アグリは鼻で笑う。
アグリ「子供向けの遊びだろ。」
望「違うよ!すっごく怖いんだって!去年は泣いて出てくる人もいたんだから!」
その言葉に、アラタの目が輝いた。
アラタ「へぇ〜!人間ってわざと怖い思いするんだ!」
ハイドは静かにポスターを見つめる。
ハイド「恐怖刺激を娯楽へ転換する文化か。興味深い。」
モネ「いや興味深いじゃなくて普通怖いでしょ!」
エリ「でもちょっと楽しそうかも。」
望「ねぇねぇ!みんなで行こうよ!」
沈黙。
次の瞬間――
アラタ「行こう!」
即答だった。
アグリ「はやっ!」
アラタ「だって人間を知るチャンスだよ!」
エリも笑う。
エリ「任務ってことにすればいいんじゃない?」
モネ「任務!?」
ハイドは腕を組み、理性的に頷いた。
ハイド「恐怖下における人間心理の観察……有意義だ。」
望「やったー!」
アグリ「……もう決定なのかよ。」
その様子を見ながら、ハイドは再びコーヒーを口にする。
ハイド(……退屈は、解消されそうだな)
――この時はまだ。
自分が単独でお化け屋敷を進むことになるとは、思っていなかった。
夕暮れ。
街の一角に建てられた期間限定アトラクション――
絶叫ホラーハウス。
古びた洋館を模した建物の前には、不気味な音楽が流れていた。
ギィィ……。
風に揺れる看板が軋む。
モネ「……思ったより本格的なんだけど。」
アグリ「ただの作り物だろ。」
とは言いつつ、視線は入口から逸れている。
エリ「雰囲気あるね。」
アラタは完全に観光気分だった。
アラタ「すごい!人間ってこんなの作れるんだ!」
その横で、ハイドは冷静に建物を観察する。
ハイド「照明効果、音響演出、視覚誘導……非常によく計算されている。」
望「ふっふっふ。」
全員「?」
望はカバンをごそごそと漁り、何かを取り出した。
望「じゃーん!」
小さな箱。
中には折りたたまれた紙。
望「くじ引き作ってきたから、みんな取って!」
アグリ「なんで?」
望「グループで入ったほうが楽しいでしょ!」
アラタ「なるほど!」
エリ「いいアイデアね。」
ハイド「合理的だ。恐怖反応の比較が可能になる。」
モネ「比較しなくていいから!」
🎲くじ引き開始
望「はい順番!」
アラタが一枚引く。
アラタ「赤!」
エリ「私も……あ、赤!」
望「はいペア決定〜!」
アラタ「よろしくね、エリ!」
エリ「うん!」
和やかな空気。
続いて――
モネ「じゃあ次!」
紙を開く。
モネ「黄色!」
アグリ「……黒。」
望「兄妹ペア!」
モネ「なんでよ!!」
アグリ「別にいいだろ!」
言い合い開始。
そして。
最後に残った一枚。
全員の視線が――ゆっくりとハイドへ向く。
ハイド「?」
望「はい、ハイドさん最後!」
ハイドは落ち着いた動作で紙を開いた。
沈黙。
ハイド「…………青。」
望「……あ。」
アラタ「……あ。」
モネ「……え。」
アグリ「マジか。」
エリ「えっと……」
望(申し訳なさそうに)
望「ひ、ひとりだね!」
数秒の静止。
そして――
ハイド「えぇ!?俺1人!?」
全員「!!?」
ハイド「えぇ!?えぇ!?」
普段絶対見せない動揺。
ハイド「待て、これは設計ミスではないのか!?通常ペア構成になる確率が――」
望「ランダムだから!」
ハイド「再抽選を提案する!」
モネ「珍しく必死!」
アグリ「さっき合理的とか言ってただろ!」
アラタ「ハイドなら大丈夫だよ!」
ハイド「精神的支援なしで恐怖環境へ投入するのは非効率だ!」
スタッフ(入口から)
「青のお客様、お一人様どうぞ〜」
ハイド「早い!」
背後で扉が――
ギィィィ……
ゆっくり開く。
暗闇。
冷たい風。
ハイド「…………」
アラタ「がんばって!」
望「ファイト!」
モネ「叫んでも聞こえないからね!」
アグリ「健闘を祈る。」
エリ「気をつけてね。」
ハイド「君たち少しは止める努力を――」
ドン。
スタッフに背中を押される。
ハイド「え、ちょ――」
バタン。
扉が閉まった。
外に残る一同。
沈黙。
アラタ「……ハイド、大丈夫かな?」
モネ「絶対ムリでしょ。」
暗闇の中。
ハイド「……」
ハイド(帰りたい。)
扉が閉まる。
バタン――。
外の音が完全に遮断された。
暗闇。
かすかに聞こえる不気味なBGM。
ハイドはゆっくりと周囲を見渡した。
ハイド「……問題ない。」
一歩、進む。
床が軋む。
ギシッ。
ハイド「視覚制限による不安誘導。典型的な演出だ。」
さらに進む。
壁から冷たい風が吹く。
ハイド「空調装置だな。」
自分に言い聞かせるように頷く。
ハイド「こんなものでビビらないぞ……」
その瞬間。
――ポン。
後ろから肩を叩かれた。
ハイド「!」
ゆっくり振り向く。
そこに――
白い顔。
黒い長髪。
無言で立つお化け。
数秒の静止。
脳が理解する。
ハイド「…………」
次の瞬間。
ハイド「うわあああああああああ!!!!!」
理論も冷静さも完全消滅。
全力疾走。
ハイド「来るな!!近づくな!!」
曲がり角を猛ダッシュ。
後ろも確認せず走る。
ハイド「非合理!!非合理すぎる!!」
別のお化けが飛び出す。
ハイド「まだいるのか!!」
方向感覚ゼロ。
迷路を突っ切る。
スタッフ(小声)
「え、速っ」
そして――約1分後。
外。
入口前。
アラタたちが順番待ちをしていると。
屋敷の奥から。
「うわああああああああ!!!!!」
全員「!?」
次の瞬間。
バンッ!!
出口の扉が勢いよく開き――
ハイドが。
ものすごい速度で飛び出してきた。
ハイド「もう無理だ!!!!」
そのまま数メートル走って停止。
肩で息をする。
沈黙。
アラタ「……ハイド?」
モネ「早すぎない?」
アグリ「1分だぞ。」
エリ「まだ誰も入ってないのに……」
望「クリア最速記録かも。」
ハイドは震える手で入口を指差す。
ハイド「……あれは娯楽ではない。」
全員「」
ハイド「心理攻撃兵器だ。」
スタッフ(困惑)
「途中スキップされたの初めてです…」
お化け屋敷の前。
未だ呼吸を整えているハイド。
アラタ「ほんとに大丈夫?」
エリ「顔色悪いよ?」
ハイド「問題……ない。」
しかし声はわずかに震えていた。
モネ「絶対ムリだったんじゃん。」
アグリ「だから言っただろ、ただの作り物だって――」
その言葉で。
ハイドの目が、キラリと光る。
ハイド「……そうか。」
ゆっくり立ち上がる。
ハイド「次は……アグリとモネの番だ。」
スタッフ「黄色と黒のお客様どうぞ〜」
モネ「え、ちょっと待って!」
アグリ「まだ心の準備が――」
だが。
ハイドの手が。
ガシッ。
二人の肩を同時につかむ。
モネ&アグリ「!?」
ハイド(低い声で)
「先ほどのお返しだ。」
ズイッ。
入口へ押し出す。
アグリ「おいハイド!?」
モネ「ちょっと!!」
ハイド、満面の笑み。
普段絶対見せない表情。
「しっかりその怖さを感じやがれ!!」
アラタ「ハイド!?」
エリ「性格変わってる!」
望「闇落ちしてる!!」
スタッフ(流れで)
「はいどうぞ〜」
ドン。
バタン。
扉閉鎖。
屋敷の中。
モネ「なんであんな嬉しそうなの!?」
アグリ「絶対恨んでたぞ!!」
直後。
ガタン!!
モネ「きゃあああ!!」
アグリ「うわっ!!」
外まで響く絶叫。
外。
ハイドは腕を組み、静かに頷く。
ハイド「……公平だ。」
アラタ「絶対違うと思う。」
エリ「ちょっと楽しそうだったよね。」
望「ハイドさん怖い。」
ハイド「教育的指導だ。」
その瞬間――
屋敷の奥から。
モネ&アグリ「うわああああ!!」
ハイド、満足げ。
お化け屋敷内部。
薄暗い廊下。
赤い非常灯だけが、ゆらゆらと点滅している。
モネ「……ねぇ。」
アグリ「なんだ。」
モネ「やっぱちょっと怖くない?」
アグリ「怖くねぇよ。」
即答。
だが歩く速度が妙に早い。
モネ「ちょっと!置いてかないで!」
アグリ「別に急いでるだけだ!」
ギシッ……
床が鳴る。
二人同時に止まる。
沈黙。
モネ「……今の音なに?」
アグリ「演出だろ。」
その瞬間。
横の襖が――
バンッ!!
お化け「ウゥゥゥ……」
突然現れる白装束。
モネ「きゃああああ!!」
アグリ「うわっ!!」
反射的に。
アグリの手が前に出る。
完全に戦闘態勢。
アグリ「はっ!」
寸前で止まる。
アグリ「……!」
スタッフ(小声)
「危なっ」
アグリ「やべっ!!」
モネ「何やってんの!?」
アグリ「違う!反射だ!!」
二人、同時に方向転換。
全力疾走。
モネ「もうやだあああ!!」
アグリ「出口どこだ!!」
曲がる。
またお化け。
モネ「増えてる!!」
アグリ「配置が合理的すぎる!!」
完全パニック。
兄妹のプライド崩壊。
そして――約10分後。
外。
ハイドたちが待つ入口前。
屋敷の奥から。
「うわあああああ!!」
バンッ!!
扉が開き、
モネとアグリが転がるように飛び出した。
モネ「無理無理無理!!」
アグリ「二度と入らねぇ!!」
二人とも息切れ。
髪も服も乱れている。
沈黙。
ハイド、腕組み。
ハイド「……どうだった?」
モネ「最悪!!」
アグリ「全然子供向けじゃねぇ!!」
ハイド、静かに頷く。
ハイド「そうだろう。」
少し間。
そして小さく。
ハイド「……俺も同意見だ。」
アラタ「仲間意識生まれてる。」
エリ「怖かったんだね。」
望「次はアラタたちだよ!」
全員の視線が――
アラタとエリへ向いた。
ギィィ……
静かに扉が閉まる。
アラタとエリは、お化け屋敷の中へ足を踏み入れた。
暗い廊下。
天井から垂れる布。
遠くから聞こえる低い呻き声。
エリ「……思ったより暗いね。」
アラタ「うん。でもすごく作り込んでる!」
完全に感心モード。
ゆっくり歩きながら、壁や装飾を見回している。
アラタ「人間ってすごいなぁ。怖く見せる工夫がいっぱいだ。」
その時。
横の壁が突然開き――
お化け「ウゥゥゥ……」
エリ「きゃっ!」
反射的に。
エリがアラタの腕にぎゅっとしがみつく。
アラタ「わっ。」
エリ「ご、ごめん……びっくりして。」
アラタは少し笑いながら言った。
「エリ、大げさー。」
そのまま、まったく慌てる様子もなく歩き続ける。
お化け役が一瞬困る。
アラタ「こんにちは。」
お化け「……え?」
アラタ「暗いところでずっと立ってるの大変だね。」
エリ、思わず笑う。
エリ「脅かす側を心配する人初めて見た。」
アラタ「だって頑張ってるじゃない?」
二人は自然な歩幅で進んでいく。
怖がるというより――散歩のようだった。
曲がり角。
突然、大きな音。
ガシャーン!!
エリ「きゃっ!」
また腕を組む。
アラタ「大丈夫だよ。」
今度は少し優しく。
アラタ「驚くだけで、本当に危ないわけじゃないから。」
エリは小さく頷く。
エリ「……アラタと一緒だと、あんまり怖くないね。」
アラタ「ほんと?」
エリ「うん。」
少し照れた沈黙。
後ろのお化け役たち。
(全然怖がらない……)
お化け屋敷の前。
時計の針は――すでに一時間を過ぎていた。
モネ「……遅くない?」
アグリ「遅いな。」
望「普通もっと早く出てくるよね?」
ハイド「平均滞在時間は約七分のはずだ。」
沈黙。
入口の暗闇を見つめる一同。
モネ「……まさか迷った?」
アグリの表情が、徐々に険しくなる。
アグリ「……いや。」
拳を握る。
アグリ「まさか!!!!」
【妄想】
暗い屋敷の中。
エリ「きゃー、怖い!」
アラタの腕にしがみつくエリ。
アラタ「大丈夫だよエリ。俺がいるから。」
エリ「アラタ……好き。」
キラキラ背景。
スローモーション。
手を取り合う二人。
完全恋愛ドラマ。
【現実】
アグリ「まずい!!」
モネ「何が!?」
アグリ「モネ行くぞ!!」
二人は勢いよく入口へ走る。
スタッフ「あ、お客様!?」
バタン!!
強行突入。
屋敷内部。
モネ「アラター!!」
アグリ「エリー!!」
曲がり角を抜けると――
そこにいたのは。
エリ「ちょっと待ってアラタ、暗くて歩きにくいよ。」
アラタ「大丈夫、手つないで行こっか。」
自然に手を取るアラタ。
腕を組むエリ。
距離ゼロ。
雰囲気ほんわか。
完全に。
ラブラブなカップル状態。
沈黙。
モネ&アグリ「…………」
次の瞬間。
モネ「なにやってんのーーーー!!!!!」
アグリ「やっぱりかーーーー!!!!!」
館内に響く大絶叫。
外。
ハイド「!?」
ハイド「内部で異常事態!?」
即座に立ち上がる。
ハイド「救援が必要だ!」
止める間もなく――
ハイド、再突入。
望「あっ!!」
屋敷内部。
ハイド「アラタ!エリ!」
走り込んだその瞬間。
壁が開く。
お化け「ウゥゥゥ……」
ハイド「」
0.2秒停止。
ハイド「うわあああああああ!!!!!」
即Uターン。
全力疾走。
ハイド「やはり無理だ!!!!」
出口へ猛ダッシュ。
外。
バンッ!!
再び飛び出してくるハイド。
スタッフ「本日二回目!?」
ハイド「救助は……不可能だ……!」
息切れ。
その後ろから。
普通に歩いて出てくる四人。
アラタ「みんなも来てたんだ?」
エリ「にぎやかだったね。」
モネ「にぎやかじゃない!!」
アグリ「心配したんだぞ!!」
ハイド(震えながら)
「……なぜ君たちだけ平然としている。」
アラタ「え?楽しかったよ?」
全員「信じられない!!」
お化け屋敷出口前。
騒ぎも落ち着き、一同が並んでいると――
マイクの音が響いた。
スタッフ
「皆さま、本日はご来場ありがとうございました!」
望「なになに?」
アラタ「イベントかな?」
スタッフは笑顔でボードを掲げる。
スタッフ
「それでは、本日の部門別発表です!」
モネ「部門?」
アグリ「嫌な予感しかしねぇ。」
スタッフ
「まずは――
兄弟びっくり部門!」
スクリーンに映像。
お化け登場。
モネ&アグリ同時絶叫。
完全シンクロジャンプ。
観客「おおー!」
スタッフ
「黒の方と黄色の方です!」
モネ「やめてーー!!」
アグリ「映すな!!」
スタッフ
「続いて――
カップルみたい部門!」
次の映像。
暗闇の中。
腕を組むエリ。
手を引くアラタ。
穏やかに歩く二人。
背景にハート演出(編集)。
観客「おぉ〜!」
エリ「ちょ、ちょっと!」
アラタ「え?なんで?」
モネ「やっぱりじゃん!!」
そして。
スタッフの声が一段高くなる。
スタッフ
「そして本日の――」
ハイド、嫌な予感。
ゆっくり後ずさる。
スタッフ
「絶叫びっくり部門!!」
スクリーン。
暗闇。
肩を叩かれるハイド。
振り向く。
0.5秒後。
ハイド
「うわあああああああああ!!!!」
史上最大音量。
ジャンプ高さ記録級。
観客大爆笑。
スタッフ
「青の方です!」
沈黙。
全員、ハイドを見る。
モネ「優勝じゃん。」
アグリ「圧倒的だったな。」
エリ「一番驚いてたね。」
望「すごかったよ!」
アラタ「ハイド速かったもんね!」
ハイド、顔を伏せる。
眼鏡が光る。
ハイド
「……記録の削除を要求する。」
スタッフ
「できません!」
観客拍手。
帰り道。
夕焼けの中。
アラタ「でも楽しかったね!」
エリ「うん。」
モネ「もう行かないけど。」
アグリ「二度とな。」
ハイド「……同意する。」
望「また行こうね!」
全員「行かない!!」
その頃。
お化け屋敷スタッフ控室。
スタッフA「青の人すごかったな…」
スタッフB「今年一番のリアクションだった。」
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