コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◻︎妻の気づき
私と夫の和樹は、会社の同僚だった。3才年上の、優しい人だった。穏やかで、いつも私を大切に扱ってくれて、私は幸せな結婚をした……そう思っていた、あの日までは。
「今日も遅くなると思うから、先に寝てていいからね」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうね」
___そっか、今日も……
近頃増えた残業という名の、夫の自由時間。
私は、子どもたちが手を離れた頃から、近所のコンビニでアルバイトを始めた。たまに夕方から夜遅くまでのシフトの時もあって、その日はだいたい夫は残業なのだ。
仕事中の私は夫の残業など詮索する暇もなく、子どもたちはそれぞれ勝手に過ごしている。その時間、夫がどこで何をしていても、家族の誰も気にもとめない。ましてや残業だと言われていたら。
そんな夫の残業に疑いを持ったのは、ある夜の、夫のスマホに連続でメッセージが届いたからだった。私は寝ていると思ったのだろうか。ベッドに投げ出された夫のスマホのロックは不用心に外されていて、メッセージの中身が画面に流れていた。いつもは気にならないスマホの受信音が、その時はやたらに耳についた。夫がシャワーを浴びていることを確認すると、私はそっと夫のスマホを見た。
《もう帰り着いたかな?今日もありがと❤️》
《会えるとうれしいけど、帰っちゃうとさびしいな》
《和くん、私のこと、愛してる?ねぇ、奥さんよりも?言ってよ》
《ねぇってば!》
《次はいつ、会えるの?桃子は和くんのモノだからね!おぼえておいてね》
《もう、寝ちゃうよ。今夜も激しかったからもう眠い。おやすみなさーい》
最初の一文で、ハートが付いていたことでショックを受けた。百歩譲ってそういうお店の営業だったとしても、その続きを読んだら
明らかに不倫相手からだとわかる。ムカムカとしてきた。あまりの衝撃と腹立ちに、スマホを壁に投げつけたい衝動にかられたけど、必死にこらえた。
___残業って、そういうことだったの?!
嘘をついて、女に会いに行ってそして…!!
頭の中に、見知らぬ女と夫の和樹が激しくもつれあう情景が浮かんで、気持ち悪くなった。
ガチャっと音がして、寝室に入ってくる夫。私は息を殺して、寝たふりをしたけど、その日は一睡もできなかった。
◇◇◇◇◇
夫とあの女(桃子)との、やり取りを見てから、頭の中でグルグルと同じことが回っている。
いつからだろうか?
ずっと騙されていたのだろうか?
うっかり見てしまったLINEを思い出して、吐き気までしてくる。何がそんなに不快なのか、考えてみるけどわからない。
___騙されていたこと?
___知らない女を抱いたこと?
___愛してると私以外の女に言ったこと?
___結局は嫉妬してるということ?
ずっともやもやする。子どもたちの手前、無理矢理平静を装ってるけど、うまく笑えなくなってきている。毎日の生活の中でも、夫ばかりか子どもたちにまで思わず八つ当たりのようなことを言ってしまうこともある。その度に、落ち着くようにと自分に言い聞かせて、なんとかやり過ごしている。
いっそのこと、夫を問い詰めて白状させて、相手の女から慰謝料でも取れば気持ちは収まるのだろうか?もやもやする気持ちは晴れることがなく、どんどん私の心を黒く塗りつぶしてしまいそうになる。
かと言って、こんなことを相談できる友達も思い当たらない。何かヒントはないかと、サイトの人生相談コーナーを見たりしてみた。
___やり返す?
家族のため、妻のために使うはずのお金と時間を他の女に使う男に、思い知らせるためには復讐が一番効果的だ。やり方は簡単、浮気をすればいいのだ、なんてことが書いてある。目には目をということか。
私が誰かと不倫?いや、浮気?違いがわからないけどそれをしろと?
けれど、私にそんなことができるわけがない。何の気なしにSNSを流し見する。そこでは、いろんな人がいろんな呟きをしていた。
「あ、いるじゃん!」
妻に浮気された男性が、心境をつぶやいているものがあった。私と似ていた。妻が浮気をしているらしい事実はあるのに、それを追及できないまま、もんもんと悩んでいるという。
___話が合うかも?
単純に、話がしたかった。同じ心境の人がたまたま男性だっただけで、相手は誰でもよかったのかもしれない。
名前はアキラというらしい。それが本名かどうか関係ないけど。
DMを送って、それぞれの事情を話す。顔も名前も、素性が一切わからない人だから、思っていることをどんどん話せた。
夫のスマホに届いたメッセージを読んでしまってからずっと心が苦しいことや、問い詰めたいけど冷静に判断できる自信がないこと、子どもがいるから不仲なところは見せたくないこと、それでもこのまま見て見ぬフリを続けるのは心が壊れてしまいそうだということ。
思っていることを洗いざらい、DMで語り尽くした。それは、その日だけではなく、時間があればどちらからともなく、同じ痛みを知ったモノ同士で慰め合っているかのようだった。