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「大丈夫だよ、透。先生たちに任せておけば何の心配もいらないからね」
「うん。さっきまでちょっとビビってたけど、今はだいぶ落ち着いたよ」
「ほらほら、真昼と小夜子。河合君を励ますのはいいけど、危ないからもう少し離れていなさい」
「はーい」
榛名先生は小夜子と真昼に俺から離れるよう命じた。いよいよ始まるのか。先ほどふたりが持ってきた透明な液体が入った瓶は今は先生の手元にある。彼が瓶を軽く振ると、中の液体がゆらゆらと揺れた。先生はその様子を真剣な顔で見つめている。中身の状態を確認しているのだろうか。
「透、ちょっとだけ顎を上げて」
「うえっ……!?」
先生の方に気を取られていると、時雨に顎を掴まれた。俺が言葉の意味を理解するよりも先に行動に移すのはよして欲しい。驚くから。
「何これ?」
時雨は俺の首周りにタオルを巻きつけた。歯医者で治療を受ける時につけるエプロンみたいな感じだ。このタオルもさっき真昼と小夜子が準備していたものだろう。
「服が濡れちゃうかもしれないからね」
「時雨……お前はなんでそう雑なんだよ……」
更に膝の上にもタオルが乗せられる。俺の頭の中はクエスチョンマークがぐるぐると回っていた。
「榛名先生、その瓶に入ってる水みたいなのは?」
「これはね、河合君の目を保護するために使うんだ。麻酔のような物だと思ってね」
「麻酔……って。なんだか病院っぽいね」
「これも念の為。透が万が一にでも痛い思いをしないように、万全を期しておかなきゃね」
「はい。それじゃあ、河合君。麻酔を目に入れるから天井の方を向いてくれるかな。目薬を入れる時みたいにしてくれるとやりやすいな」
榛名先生に言われるまま、俺は天井を見上げるように首を動かした。先生の手にはスポイトのような容器が握られていた。先端からは透明な雫が僅かに滴っている。中に入れられているのは麻酔だという例の液体だ。
目薬を入れる程度で騒ぐほど小さな子供ではないけど、麻酔という単語は大怪我や手術を連想させるので、治っていた恐怖が少しだけぶり返してくる。
「ひやっ……!!」
「はい、終わり。すぐに効くから1分くらい待ってね」
目の中に水分が注がれて、つい声を上げてしまう。でも、冷たさに驚いただけで痛みは感じなかった。
「よし! それじゃあ、これからは僕の番」
部屋が再び青色の光に包まれた。確か時雨は幻獣の術を妨害している最中ではなかったか。それに加えて違う魔法を同時に使うつもりなのか。
「うーん……一個目くらい開けとくかぁ」
時雨の周りに対価を表す数字が浮かび上がる。ふたつの魔法を一度に使うのだから、それだけでも結構な量を持っていかれるのではと予想される。
魔道士の持つヴィータの総量を表すレベル。時雨のレベルが何かはまだ聞いていない。クラスはブルーなのだから他のクラスに比べたら対価の要求は大したことないのかもしれない。
『解放』
時雨が何か単語を口にした途端に対価がどんどん跳ね上がっていく。最初は二桁程度だったものがあっという間にに三桁……そして四桁に突入する。1050……1186……1235……
三桁の数値は小山が魔法を使った時にも見たけど、四桁なんてお目にかかるのは初めてだ。クラスブルーはレアなんじゃなかったのか。他のクラスに比べてヴィータの消費が少ないと教えて貰ったばかりなのに。話が違うのではないか。
対価量の多さを見て困惑したが、少し落ち着いて考えてみる。時雨がブルーだからこそ、この量で収まっているのではないだろうか。他のクラスならそれこそ四桁を遥かに越える対価を求められていたのかもしれない。
各クラスの特徴やレベルの数値についてはまだよく分からない部分がある。ブルーの時雨がこれほどの対価を要求されるという事は……つまり、それほど高ランクのスティースによる複雑な魔法を発動させようとしていることの証明だ。
いくら時雨がブルーで優秀な魔道士だとしても、こんな大量に持っていかれたらヴィータの枯渇を起こしてしまいそうだ。俺は時雨の体が心配になった。
「そうだ、透。ご飯は何食べるか決まった? もうすぐ終わるから、まだなら早く考えてね」
「あっ、はい……」
全然平気そうだ。のん気に晩飯の話なんてしている。小山の時みたいに苦しそうな素振りは微塵もない。1000を越える対価を持っていかれてもびくともしないくらい、時雨のヴィータの総量は多いのだ。
『抽出』
『吸収』
時雨が俺の顔を両手で掴む。榛名先生に注意をされたせいか、壊れ物を扱うかのような優しい手付きだった。彼の白に近い髪色が光を受けて青色に輝いているように見えて綺麗だと思った。青色の光は俺の体をゆっくりと包み込んでいく。
「えっ!? なにこれ、前が見えない」
「大丈夫、落ち着いて。透」
青い光が目元に集まってくる。俺を落ち着かせようとする時雨の声……彼がすぐ近くにいてくれるおかげで、なんとか暴れ出さずにすんでいた。
「待ってよ、もう少し……もう少しだから。あとちょっとで全部取り込める……よし、OK!! 完了」
「河合君……お疲れ様。無事に終わったから目を開けてごらん」
いつの間にか青い光は消えていて、室内灯の穏やかな光だけが部屋を照らしていた。目の前には得意そうな顔をしている時雨と、穏やかな笑顔を浮かべている榛名先生。
「ほら、あっという間だっただろ。スティースの残滓は完全に消えたから、もう心配いらないよ」
「ほんとに……? あ、ありがとうございます」
「どういたしましてーって、透には何の非もないんだから。気にしなくていいの」
時雨が再三言っていた通り、処置はあっさりと終わってしまう。時雨と榛名先生……そして美作たちはさくさくと片付けを行なっている。
俺はスティースの術から無事に解放された。ここまで怒涛の展開だった。胸の内はまだザワザワとしていて変な感じがした。
とりあえず、時雨に言われた通りに晩飯のメニューでも考えて気持ちを切り替えることにしよう