テラーノベル
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体育祭当日。朝から校庭は歓声と応援で熱気に包まれていた。
〇〇はクラスのリレーに出場することになり、やる気と緊張で心臓がうるさい。
(…絶対、負けたくない)
スタートの合図とともに全力で走り出す。風が耳を切る。
バトンを受け取り、あと少し――そう思った瞬間、足がもつれた。
地面に倒れ込んだ瞬間、膝に鋭い痛みが走る。
「っ…!」
砂まみれの手をついたまま動けずにいると、周りがざわついた。
視界の端で、真っ先に駆け寄ってくる影があった。
「おい、〇〇!」
その声を聞いただけで、涙腺が少し緩む。
吉沢先生はしゃがみ込み、迷いなく肩を貸してくれた。
「歩けるか?」
「…ちょっと、無理…」
「じゃあ乗れ」
そう言うや否や、軽々とおんぶされ、体が先生の背中に沈む。
背中越しに感じる鼓動、首筋をかすめる汗の匂い。
痛みよりも、胸の高鳴りの方が強くなっていく。
保健室へ向かう途中、先生の声が優しく落ちる。
「無理すんなよ。頑張るのは悪くないけど、倒れるのはバカだ」
「…はい」
その言い方が、どうしても温かく感じてしまう。
(あぁ…もう、私…)
自分の気持ちが、はっきり形を持つ。
唇が自然に動いた。
「…好きかも」
だけど、風と歓声にその声はかき消された。
先生は何も気づかないまま、前だけを見て歩いていた。
体育祭から数日。膝の擦り傷はもうだいぶ良くなったけれど、あの日の背中の温もりが頭から離れない。
放課後、廊下で偶然先生とすれ違った。
「傷、もう平気か?」
「…はい。ありがとうございました」
「あの時は顔色も悪かったし、ヒヤッとしたぞ」
「…先生って、意外と優しいんですね」
口にしてから、自分でも顔が熱くなる。
先生は一瞬だけ目を細めて笑ったけれど、すぐに真顔に戻った。
「…〇〇、何を考えてる?」
「え?」
「体育祭の時から…いや、前よりも俺に距離詰めてきてるだろ」
「それは…」
言葉が喉で詰まる。でも、今までの自分なら絶対に飲み込んでいた一言が、今日は勝手に零れた。
「…先生のこと、好きなんです」
廊下の空気が一瞬で静まり返る。
先生は視線を外し、小さく息をついた。
「…それは、俺たちの立場じゃ許されない」
「…」
「気持ちは…嬉しい。でも、今は生徒と教師だ。それを忘れるな」
その声は冷たくない。むしろ優しすぎて、余計に胸が痛む。
先生は何も言わず歩き去っていき、取り残された廊下に、私の鼓動だけが響いていた。
第8話
ー完ー
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