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星が瞬いた、その直後だった。
夜の森に、音が生まれた。
それは足音ではない。
風でも、獣でもない。
――“呼吸”だ。
世界そのものが、ゆっくりと息をするような音。
ノアは背筋を凍らせたまま立ち上がり、
闇の奥を見つめた。
「……誰だ」
答えはなかった。
だが、闇は濃くなり、
空気が“重く”沈んでいく。
胸の刻印が、疼いた。
先ほどまでの熱とは違う。
これは――引き寄せだ。
「……来い、って……言ってる……?」
喉がひくりと鳴る。
逃げるべきだと、理性は叫んでいる。
だが足は、逆方向へと踏み出していた。
呼ばれている。
名前を。
ノアの名を。
森の奥、枯れた湖のほとり。
月光が届かないその場所に、
“影”が立っていた。
人の形をしている。
だが、輪郭が曖昧で、常に揺れている。
「……やっと来た」
声は、どこか懐かしかった。
ノアの記憶に、確かに“触れたことのある音”。
「……お前も……管理者か?」
影は、静かに首を横に振る。
「いいや。私はもっと“下”だ。
運命を管理する側ではなく――
“縛られる側”」
影が一歩、月明かりへ踏み出す。
その姿が、はっきりと見えた。
青年だった。
黒い髪。
血のように赤い瞳。
背中には、翼の“痕跡”のような影。
「……堕天……?」
ノアの呟きに、青年は微笑んだ。
「そう呼ばれることもある。
だが、私はただの“失敗作”だ」
青年は、自分の胸元を指さした。
そこには――
ノアと同じ刻印があった。
「……同じ……」
「当然だ。
私も、“星に拒まれた血”だからな」
ノアの心臓が、激しく脈打つ。
「……あんたは……俺の……」
「前任だ」
その言葉は、重かった。
「正確には、
“ひとつ前の分岐点”に立った存在」
ノアは息を呑む。
「……じゃあ……あんたは……どうなった……?」
青年は、夜空を見上げた。
星は、静止している。
「選んだ」
短い答え。
「運命に従うか、抗うか――
その二択で、私は抗った」
青年は、ノアを見つめる。
「そして、世界は壊れた」
その言葉と同時に、
湖面が波打った。
水面に映るのは――
燃え落ちる街。
裂ける大地。
崩壊する星環。
「……俺が……こうなるって……?」
ノアの声は震えていた。
青年は否定も肯定もしない。
「おまえが何を選ぶかで、
“壊れ方”が変わるだけだ」
刻印が、強く脈打つ。
「……じゃあ……あんたは……後悔してるのか?」
青年は、しばらく黙ったあと、
静かに笑った。
「後悔はしている」
その笑みは、ひどく人間的だった。
「だが――
選ばされる人生よりは、ましだった」
青年は一歩、ノアへ近づく。
「ノア。
おまえはもう“呼ばれている”」
「星に。
管理者に。
そして――」
青年の瞳が、赤く光る。
「“私たち自身”に」
胸の刻印が、焼けるように熱くなる。
「選択の夜は近い」
青年は、影へと溶けながら囁いた。
「その時、思い出せ。
逃げても、運命は追ってくる。
だが――」
最後の言葉は、ほとんど風のようだった。
「選ぶことだけは、
誰にも奪えない」
影が消えたあとも、
ノアはしばらく動けなかった。
胸の刻印が、確かに“目覚めつつある”。
星が、管理者が、
そして――過去の“失敗作”が。
すべてが、彼を中心に動き始めている。
「……Fate、か……」
呟いた瞬間、
空の奥で、星環が微かに回転した。
運命は、もう逃がさない。