テラーノベル
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そこは、生者と死者が交差する、あまりに白く、あまりに静謐な境界線。「天空の聖所シャイン」。人間が迷い込めば魂を奪われる禁足地だが、永遠の孤独を生きる私にとっては、ただひとつの再会を許された聖域だった。
入国審査官の天使に、私は通行料を差し出す。それは「心臓の鼓動」を代償に練り上げた銀色の魔力。
指先から溢れた輝きが門に吸い込まれるたび、私の胸からは生の温もりが失われていく。だが、私は「若い魔女」であるがゆえに、残酷なほど自ら次々と魔力を生成してしまう。
この瑞々しく溢れ出す生命力こそが、死者である彼を抱きしめることを拒む、絶望の壁となっていた。
扉を開けると、色彩を剥ぎ取った純白の空間の中央に、彼がいた。
「……会いたかった。ずっと、ずっと」
溢れ出す想いに耐えきれず一歩を踏み出そうとして、私は止まった。足元に走る一本の「切れ目」。
「ごめんなさい。私が魔女でなければ。私が、あなたを愛さなければ」
私は境界の手前で膝をつき、嗚咽した。
「泣かないで。君の心臓が刻む音を、僕はここで数えているんだよ」
彼はゆっくりと歩み寄り、触れることの叶わない私の頬に、空中でそっと手をかざした。
「ひどいわ……。人間に幸せを届けること。それが魔女の使命だから、私はあなたを殺した人間たちを今も救い続けている。誰かの涙を拭い、誰かに幸せを届けるたびに、私の体には呪い(魔力)が溜まっていく。魔女として生まれた宿命からは逃げられず、あなたに近づくために生きているのに、歩けば歩くほど、あなたは遠くなる……!」
私が幸せを振りまくほど、私の中に「生」の力が満ち、彼との距離は開いていく。
「逆だよ」
彼は微笑んだ。その瞳には、恨みも悲しみも一切なかった。
「君が誰かの傷を癒やすとき、その指先からは僕の体温が伝わっているはずだ。君が絶望の淵にいる誰かの手を握るとき、それは僕が君の手を握っているのと同じなんだよ」
「うるさい!うるさい!うるさい! 私は、あなたの本物の体温が欲しいの!」
「いいかい、よく聞いて。僕たちはもう、別々の個体じゃない。君が使命を果たすたび、僕の魂は君の魔法に溶けて、一緒に世界を巡っている。……君が今日救ったあの幼い子の笑顔、あれは僕と君で一緒に作った、最高の作品だったね」
砂時計の最後の一粒が落ちようとしていた。彼の輪郭が、淡い光の粒子へとほどけていく。
「あと何百年……? あと何万回、誰かを救えば、私はあなたになれるの?」
消えゆく間際、彼はかつてないほど強く、けれど優しく私を見つめた。
「時間は、愛を薄めるためのものじゃない。愛を本物にするための、最後の仕上げなんだ。……いつか、君がすべての使命を終え、自ら魔力を生成する力さえ枯れ果てたとき。その『死』という名の門をくぐって、ただの女の子に戻った君を、僕は史上最高の抱擁で迎える。その時まで、僕のぶんまで、この世界を愛してやってくれないか?」
「愛しているよ。僕の、誇り高き水の魔女」
彼が消えた後の静寂。私は一人、扉を開ける。
外には、私が救わねばならない残酷な世界が広がっていた。
人を助けることをやめれば、魔力は溜まらないかもしれない。
けれど、私にその選択肢は許されていない。人々に幸せを届け、この魔力を使い切り、自ら生成する力が枯れ果てて、私の命が尽きるその時まで。
それは孤独な待機ではない。世界という巨大なキャンバスに、彼への愛を魔法で描き続ける、終わりのないデートなのだ。
私の瞳からこぼれ落ちた一滴の涙が、乾いた大地に一輪の花を咲かせる。
いつか、生成する力が最後の一滴まで枯れ果て、この「切れ目」を越えて彼に飛び込めるその日まで。
私の旅は、終わらない。
それが、彼を死なせてしまった私にできる、最期の、そして永遠の愛の証明なのだから。
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