テラーノベル
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夏祭りから一ヶ月――。
季節は少しだけ秋の気配を帯びていた。
けれど藍琉の中では、あの日から時間が止まったままだった。
(なんなのよ……)
机に頬杖をつきながら、ため息をつく。
蒼真の顔が浮かぶ。
声が浮かぶ。
手の温もりまで思い出す。
「藍琉、最近ぼーっとしてない?」
友達の言葉に、藍琉はハッとする。
「してないわよ!!」
「絶対してるって〜」
「してない!!」
でも図星だった。
―――――
放課後。
いつものように校門には蒼真が立っている。
それを見た瞬間。
胸がドキンと跳ねる。
(あ……)
前は当たり前だった光景なのに。
今は違う。
会えるだけで嬉しい。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……ただいま」
声が少し小さくなる。
車に乗っても落ち着かない。
沈黙。
珍しい。
蒼真が先に口を開く。
「本日はお疲れのようですね」
「別に」
「何かお悩みが?」
「ないわよ」
即答。
でも蒼真は優しく言う。
「私でよろしければ、お聞きします」
その瞬間。
胸がぎゅっと締めつけられる。
(こういうところよ……)
優しくて。
近くて。
でも遠い。
藍琉はぽつりと聞く。
「……ねえ」
「はい」
「もし」
少し迷ってから。
「もし私が執事じゃなかったら、どうする?」
蒼真は一瞬だけ目を見開いた。
「どう、とは?」
「だから……」
言葉がうまく出ない。
「ただの女の子だったら」
車内が静かになる。
数秒の沈黙。
そして蒼真は静かに答えた。
「変わりません」
「え?」
「お嬢様はお嬢様です」
藍琉の胸が少し痛む。
「……そう」
やっぱり。
執事と主人。
それ以上じゃない。
そう思った瞬間。
蒼真が続けた。
「ただ」
「?」
「今よりも、我慢はしないかもしれません」
心臓が止まりそうになる。
「……え?」
「失礼いたしました。忘れてください」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
でも蒼真はそれ以上言わない。
藍琉は顔を真っ赤にする。
意味がわかる。
わかってしまう。
そして――。
その夜。
ベッドの中で。
藍琉はついに気づいた。
(私……)
(蒼真のこと好きなんだ)
自覚した瞬間。
心臓が暴れ出す。
恥ずかしくて。
嬉しくて。
怖くて。
枕に顔を埋めて叫ぶ。
「無理!!!!」
でも――。
もう止められない。
恋は完全に始まってしまった。
そして同じ夜。
執事室。
蒼真は一人、窓の外を見ていた。
「……お嬢様」
小さく呟く。
「これ以上は」
言葉が途切れる。
彼の表情は、初めて苦しそうだった。
一ヶ月の時間は――。
二人の距離を近づけると同時に、
越えてはいけない境界線も浮き彫りにしていた。
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