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――それから一週間後。
「藍琉」
夕食後、父に呼ばれるのは珍しいことだった。
広い書斎。
重厚な机。
そして父は真剣な顔をしていた。
「お前に話がある」
「なによ」
藍琉はいつもの調子で椅子に座る。
だが――次の言葉で世界が変わった。
「婚約が決まった」
思考が止まる。
「……は?」
「相手は九条家の長男だ」
理解できない。
「ちょっと待って」
声が震える。
「私、聞いてない」
「今言った」
「そういう意味じゃない!!」
藍琉は立ち上がる。
「勝手に決めないで!!」
父は冷静だった。
「これは家同士の話だ」
「私の人生よ!!」
「お前はいずれこの家を継ぐ」
冷たい現実。
「相手は優秀だ。悪い話ではない」
でも藍琉の頭の中に浮かんだのは――。
蒼真だった。
手を握った夜。
優しい声。
あの言葉。
『今よりも、我慢はしないかもしれません』
胸が痛い。
「……嫌」
初めて弱い声が出た。
「会ってから決めろ」
父はそれだけ言った。
―――――
その夜。
部屋。
「蒼真!!!!」
珍しくノックも待たずに入ってくる。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「婚約ってなによ!!」
蒼真は一瞬だけ止まる。
だがすぐに表情を戻す。
「お聞きになりましたか」
「知ってたの!?」
「本日、ご当主様から」
藍琉の胸がざわつく。
「……どう思う」
蒼真は一瞬沈黙し。
そして丁寧に頭を下げた。
「おめでとうございます」
世界が止まった。
「……は?」
「良縁かと存じます」
胸がズキンと痛む。
「……本気で言ってる?」
「はい」
その瞬間。
感情が爆発した。
「最低!!」
藍琉は叫ぶ。
「なによそれ!!」
「お嬢様」
「他人事みたいに!!」
涙が滲む。
「私が誰と結婚してもいいの!?」
沈黙。
蒼真は答えない。
それが答えだった。
藍琉の心が崩れる。
「……もういい」
声が震える。
「出てって」
「……かしこまりました」
蒼真は一礼して部屋を出る。
扉が閉まった瞬間。
藍琉は崩れ落ちた。
「……ばか」
涙が止まらない。
(好きなのに)
(こんなの嫌)
でもどうしていいかわからない。
―――――
廊下。
蒼真は一人立ち止まっていた。
拳を強く握りしめる。
「……お嬢様」
苦しそうな声。
「それが、あなたの幸せなら」
彼は目を閉じる。
「私は身を引きます」
執事として。
それが正しい選択だった。
でも――。
胸の奥は、壊れそうだった
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