「泣きそうなのかも」
そう思ってしまうのは、きっと俺の弱さなんだろう。
放課後の教室、藍(あい)は窓の外を眺めている。
夕焼けに染まる横顔は、まるで別の世界にいるみたいだ。
彼女に俺が声をかけると、藍は振り返り、いつものように穏やかに笑う。
「どうしたの?」と。
「『飽きそうなのかも』」
「え?」
「いや、なんでもない」
藍は、昔と変わらず、いつも優しく笑ってくれる。
だが、その瞳の奥に、かつてのように輝く無邪気な光はない。
幼い頃、俺と藍はいつも一緒だった。
「泣きべそかいて歩いた道」
転んで泣き出した俺に、藍はそっと手を差し伸べてくれた。
その時見上げた「見えた景色のお空は青」は、何よりも澄んでいて、藍の瞳の色と重なって見えた。
あの頃は、何をするにも藍がいて、藍が笑っていてくれるだけで、世界は色鮮やかに見えた。
でも、高校生になって、少しずつ二人の世界は変わっていった。
俺が部活に熱中するようになったり、藍が新しい友人と仲良くなったり。
《昨今街頭光付く暇も なく泣くただ泣く》
SNSで繋がる世界で、皆がキラキラした日常を投稿している。
でも、そんな光の裏側で、藍が何かをこらえているような気がしてならなかった。
「何故ここにいて何故生きていて 何故悲しませるかは謎」
時々、ふと漏らす藍の言葉に、俺は戸惑うばかり。
昔は、あんなこと言わなかったのに。
ある日、俺は偶然、藍がクラスの女子グループに一人だけポツンと取り残されているのを目撃した。
藍はいつものようにニコニコしていたが、その笑顔が張り付いているように見えて、胸が締め付けられた。
《まきびし巻いて一線張って おえらい顔のあんたは誰》
俺は、藍を傷つける無神経な言葉や、SNSの表面的な関係性に苛立ちを覚えた。
昔は、こんな風に藍が一人になることなんてなかった。
ある放課後、俺は藍を呼び止めた。
「藍、最近なんか元気ないんじゃないか?」
藍は一瞬驚いた顔をして、すぐにいつもの笑顔に戻した。
「そんなことないよ。大丈夫」
「嘘だろ。無理してるの、わかるんだよ」
「…何でここにいて、何で私と一緒にいて、そして何で私を心配してくれてるの?」
藍は俺から目を逸らし、そう呟いた。
その言葉に、俺は何も言えなかった。
ただ、藍の隣にいるだけ。
昔みたいに、藍を笑顔にする方法が分からなくなっていた。
「笑って近寄って遭ってほらまた笑顔な顔」
でも、やっぱり諦めたくなかった。藍の心からの笑顔を、もう一度見たい。
俺は藍を連れ出し、昔の帰り道へ向かった。
「覚えてる?ここで俺が転んで、藍が手を差し伸べてくれたこと」
藍は少し微笑んで、空を見上げた。
「うん。あの空の色、すごく綺麗だったね」
二人で歩いていると、少しずつ昔の時間が戻ってくるようだった。
「何故悲しませるかは未だ謎」
藍は、相変わらずそう呟いた。
「俺は、藍のことが好きだよ」
意を決して、俺は伝えた。いや、口からポロっとでてた。
藍のことが好きで、だからこそ、藍が悲しむのが嫌だった。
藍は驚いたように俺を見つめ、そして、少しだけ泣きそうになった。
《描いて歩いた道 見えた景色はお空は青》
「俺は、この道を、藍と一緒に歩いていきたかったんだ」
「ありがとう、でもね…」
藍は、何かを言おうとして、言葉を詰まらせた。
《何故ここにいて何故生きていて 何故悲しませるかは未だ謎》
「もう昔には戻れないんだよ…」
藍の言葉は、まるで俺の想いを拒絶するように聞こえた。
だが、その瞳の奥には、どうしようもないほどの寂しさが浮かんでいた。
俺は、もう一度、藍の手を握った。
「それでもいい。昔に戻れなくても、また新しい時間を一緒に作っていこう?ね?」
藍は、俺の言葉に驚き、少しだけ戸惑ったような表情を見せた。
「俺はただ、藍の隣で、藍が心から笑ってくれることを願ってる」
その時、藍の頬を、一筋の涙が伝った。
そして、藍は、少しだけ、本当に少しだけ、心からの笑顔を見せた。
俺と藍の物語は、まだ終わらない。
今はまだ、昔みたいに無邪気に笑い合えるわけじゃない。だけど、この一歩が、きっと新しい未来への始まりになる。
《何故悲しませるかは未だ謎》
その謎を、これから二人でゆっくり解き明かしていく。
そう、あの頃の〔青い空〕のように、澄んだ心で。
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誤字等ありましたら、教えてくださると嬉しいです。感想なども大歓迎です!
また、明日中に時間をおいてこの小説の続きは投稿し、完結いたします。最後までどうぞお楽しみくださいませ…
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