しかしその先輩もあせっていたのだろう。社長のグラスから、泡がこぼれてしまった。社長は「あ、いいんだ」といいながら、手元のおしぼりでテーブルをサッと拭く。店員が拭くよりも、よっぽど上手だ。
その手には、昔流行っていたロック指輪がはめられている。シルバーに蒼い石がはめられた、今となっては古臭いデザインだ。討ち取ったロックの、戦利品なのか。
「どうした?」と社長。
「いえ、話を戻しましょう。結局、リスナーに売れない音楽は、ダメな音楽って考えですよね」と俺。
「ウチの基準は、売れるかどうかじゃない。リスナーが喜んでくれるかどうかだ。ねえ副社長」と社長。
頭の光った羽田氏は、ええ、とだけ言って澄ましている。
「あ、リスナーの中には、もちろん俺も入るよ」と社長は言った。
「でもミューズって、売上げを上げるためのマーケット戦略がすごいって、どこかの記事で見かけたことがありますけど。特にアンケート力が強いとか」と俺は言った。
「ウチのマーケティング部門は、お客の希望を知るためにある。我々の仕事の一つは、それに答えることだと思ってるよ」
社長はそう言ってから周りを見回し、こんな話をしてて何か君らに勉強になることはあるのかなと言った。
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