テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
入学して数日が過ぎた。
高度育成高等学校での生活にも少しずつ慣れてきたひなだったが、ひとつだけ変わらないことがあった。
それは――
気づくといつも、綾小路清隆の姿を目で追ってしまうこと。
授業中の静かな横顔。
休み時間に本を読んでいる姿。
窓の外をぼんやり眺めている表情。
そのどれもが、あたしの心をそっと揺らしていた。
ある日の放課後。
あたしは静かな図書室へ向かった。
高い本棚に囲まれたその場所は、穏やかな空気に包まれていた。
「これ、読みたかったんだよね……」
目当ての本を見つけたものの、少し高い場所にあって手が届かない。
背伸びをしてもあと少し届かず、ひなが困っていると――
すっと横から伸びた手が、その本を取ってくれた。
「……これでいいのか」
振り向いた先にいたのは、綾小路くんだった。
「わっ……! 綾小路くん!」
「偶然だな」
相変わらず表情はほとんど変わらない。
でも、その声を聞くだけで胸が高鳴る。
「ありがとう! 助かったよ」
「別に」
ぶっきらぼうな返事なのに、あたしにはその言葉さえ優しく感じられた。
二人は自然と隣の席に座った。
図書室にはページをめくる音だけが静かに響いている。
少しの沈黙のあと、綾小路くんがぽつりと口を開いた。
「本、好きなのか」
「うん! 読んでると落ち着くの」
「そうか」
それだけの会話なのに、不思議と心地いい。
あたしは勇気を出して聞いてみた。
「綾小路くんも、よくここに来るの?」
「ああ。静かだからな」
短い言葉。
けれど、その静けさの中で一緒に過ごせることが何より嬉しかった。
帰り際、図書室の出口で綾小路くんが立ち止まる。
「ひな」
突然名前で呼ばれ、ひなの胸が大きく跳ねた。
「えっ……?」
「また、ここで会うかもしれないな」
無表情のまま告げられたその一言。
でも、それはまるで
「また会いたい」と言ってくれているように聞こえた。
ひなは思わず笑顔になる。
「うん! また会えたら嬉しいな!」
綾小路くんはほんの少しだけ目を細めた。
「……そうか」
図書室を出たあとも、あたしの胸はずっとどきどきしていた。
名前を呼ばれたこと。
隣に座って本を読んだこと。
そして、「また会うかもしれない」と言ってくれたこと。
そのどれもが、宝物のように感じられる。
春の夕暮れの中、あたしそっと胸に手を当てた。
(もっと、綾小路くんのことを知りたい)
その気持ちは、日に日に大きくなっていく。
そして恋は、静かな図書室の中で、確かに一歩前へ進んでいた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
3