テラーノベル
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純白の扉を抜けた瞬間、鼓膜を劈いたのは、慈愛に満ちた賛美歌ではなく、電子の叫びだった。
「……っ、なんだ……!?」
視界が歪む。空も、大地も、かつての廃墟の瓦礫すらも、すべてが「青い画面」に塗りつぶされている。そして、僕の視界のわずか数センチ先に、無機質なウィンドウが音を立てて湧き出してきた。
[ERROR: 『1,248 × 5,672 = [ ](※5秒以内に答えろ)]
「な、……計算……!? くそっ、……6、いや、……っ!」
焦る僕の頭上で、カチャカチャとキーボードを叩くような軽快な音が響く。見上げると、そこにはコンクリートの柱の代わりに、巨大なサーバーラックが立ち並び、その頂に「彼」が座っていた。
「H-H-H-H-H-H-H-H-H-H3y!!! キミ、遅いヨ! B-B-B-B-B-B4D B0Y !!!」
バグったラジオのような声。昔のコンピュータを頭に乗せ、青い薔薇を飾ったオシャレなスーツの怪人が、足をぶらぶらさせながら僕を見下ろして笑っている。画面に張り付いたニコニコマークのウィンドウのせいで、その「口」しか見えないけれど、そいつが僕を底抜けに馬鹿にしていることだけは分かった。
「ボクのセカイへ、ヨォォォォコソ! さぁ、ボクに『ナニ』をくれる? キミのジカン? それとも、そのオモたそうな『オノ』かなぁ?」
「……っ、う、うるさい……!」
降り注ぐエラー音と、視界を埋め尽くす計算問題の山。僕が斧を振るう隙すら与えず、コンピュータは空中に浮かぶ見えないキーボードを叩き、僕の周囲に「青い壁」を構築していく。
「W4it-t-t-t!! まだまだイクヨォォ!」
|[ERROR:15,321 ÷ 3 = [ ] (※3秒以内に!)]
「な、……待て、今、計算を……!」
「T-T-T-TIM3 UP!! Ah4h4h4!! キミ、やっぱり|D-D-D-DULLだネェ!」
Greedが指を鳴らすと、僕の目の前のウィンドウが真っ赤に染まり、けたたましい警告音が響いた。
【Y0u 4r3 4n !d!0t ! Y0u 4r3 4n !d!0t !】
「……っ、この……ふざけるな!!」
僕は我慢の限界を迎え、足場にしていたサーバーラックを力任せに斧で叩き切った。火花が散り、デジタルの火柱が上がる。けれど、コンピュータはひらりと蝶のように宙を舞い、頭のコンセントを尻尾のように振り回しながら、オシャレな帽子を優雅に直した。
「ボクのモノを壊すなんて、ゴォォォォォカンだネェ! でもいいヨ、ボクはココロがヒロイからネ! さぁ、次のゲームは……『イロ』を当ててごらんヨ!」
コンピュータがパチンと指を鳴らした瞬間。鮮やかだったブルースクリーンの世界から、一気に「色」が吸い取られ、僕の視界は白と黒だけのノイズの世界へと変貌した。
「……色が、消えた……?」
視界から鮮やかな青が奪われ、世界は古いテレビの砂嵐のようなモノクロームに染まった。自分の手すら灰色の塊に見える。その異常な光景に立ち尽くす僕の前に、コンピュータが空中で足を組み、優雅に指をさした。
「H3Y!! ルールセツメイをスルヨ! ボク、シんセツだろぉ?」
|【Game: Find the “BLUE“】
|[ルール:このモノクロの世界から、ボクの「青い薔薇」と同じ『本当の青』を見つけ出せ!]
コンピュータがパチンと指を鳴らすと、周囲のサーバーラックの山がガタガタと崩れ、目の前に100個の「同じ灰色に見える箱」が並べられた。「……ふざけるな。全部同じ灰色じゃないか! どれが青かなんて、分かるはずが……」
「N0, N0, N0!! 答えはボクの『ナカ』にあるんだヨ! ちなみに、間違えるたびにキミの『記憶』を1ギガずつボクがもらっちゃうからネ! 4-H-4-H-4-H-4!!」
|[※★間違えたら即消去★※]
コンピュータは楽しそうに、頭から咲き誇る「青い薔薇」を指でなぞった。モノクロの世界で、その薔薇だけが、網膜を焼くような不気味な青さを放っている。
「サァ、ハジめようか! 最初の箱、オープンしちゃう!? それとも、ボクに何か『いいもの』をくれるなら、ヒントをあげてもいいケド……?」
「……記憶を、奪うだと?」
僕の脳裏を、これまでの凄惨な救済の光景が、そして父上の冷たい眼差しがよぎる。これらは僕を苦しめる呪いだが、同時に僕を僕たらしめている唯一の「重み」だ。それを、こんなバグったガキに|玩具にされてたまるか。僕は迷わず、目の前に並んだ箱の一つに斧の先端を突き立てた。
「……これだ」
「0-0-0-0H!! イキなりいっちゃう!? セーカイは〜〜〜……」
[WRONG!! 『Memory deleting… [ 1.0GB ] complete. ]
「……っ、が、あぁぁぁぁっ……!!!」
頭を直接ノコギリで挽かれたような衝撃。視界が激しく点滅し、脳内から「何か」が強引に引き抜かれる感覚。
……消えた。
さっきまで覚えていたはずの、Lustとの戦いで嗅いだ「安っぽい香水の匂い」が、どうしても思い出せない。
「4h4h4!! ヒトツ消えちゃったネ! ちなみに今の記憶は、ボクのハードディスクに美味しく|保存せてもらったヨ!」
コンピュータは空中に浮かぶプログレスバーを嬉しそうに眺め、頭のPCから軽快な8-bitのチップチューンを鳴らし始めた。まるでゲームのボーナスステージでも楽しんでいるかのように。
「サァ、残り99コ! 全部間違えたら、キミはG0Dの顔も忘れちゃうかもネェ?」
「……黙れ……ッ!!!」
僕は激痛に耐えながら、再び斧を構えた。
(……正攻法じゃダメだ。アイツは『色を操れる』。なら、見えている灰色の濃淡なんて、最初からアテにならない……!)
僕はあえて目を閉じ、「耳羽」の感触にすべてを懸けた。色を操れても、デジタルな存在であるアイツが放つ「ノイズ」の質までは、完璧には隠しきれないはずだ。浅ましい電気の音が聞こえてくる、100個の箱のうち、一つだけ「Greedのサーバーと繋がっている」箱から漏れる微かなノイズを、過敏になった耳羽が捉える。
そのサーバーが入っている箱に斧を振り下ろした瞬間、火花が散り始める。
「ボクのゲームを壊す気!?青いバラをさがセってイッタじゃんカ !!!」
と、余裕のあったコンピュータの画面に「WARNING」が走り始める。
だが、サーバーラック一個ぶっ叩いたくらいでへこたれるようなヤツじゃない。むしろ「あはは!ボクの予備は無限にあるんだヨ!」なんて言って、別のラックの上でケタケタ笑っている。
「……バックアップ、か」
僕が叩き壊したサーバーの残骸から、バチバチと青い火花が散る。けれど、コンピュータは消えるどころか、さらに数を増やして周囲のモニターすべてにその「口元」を映し出した。
[One more-e-e… Ten more-e-e… One hundred more-e-e!!]
「ボクはデータ、ボクはネットワーク! ボクを|救済したいなら、この世界の『全ビット』を書き換えてごらんヨ!』
頭上のスピーカーから、何重にも重なったチップチューンの不協和音が降り注ぐ。僕は100個の箱を前に、耳羽を鋭く逆立てた。
(……ノイズが、多すぎる……!)
アイツがわざとエラー音を撒き散らしているせいで、正解の箱から漏れる微かな振動がかき消されていく。
「サァ、早く次の箱を選んでヨ! 迷ってる間にも、キミの『正気度』はどんどん消費されてるんだからネ!」
コンピュータの笑い声に合わせ、僕の足元のコンクリートが「青い砂」のように崩れ始めた。強欲なアイツは、僕の記憶だけでなく、僕が立っている「居場所」さえもデータとして飲み込もうとしている。
(……くそっ、こいつ……腹立つ…!)
僕が耳羽を研ぎ澄ませ、正解の箱を見定めようとしたその瞬間。コンピュータが大きなあくびをするようなノイズを響かせ、空中で退屈そうに足を組み替えた。
「4-4-4-B0RING…!! モウ、飽きちゃった。」
「……なっ、……何だと?」
「キミの反応、マジメすぎてオモ白くないんだもん! 100個も開けるの待ってたら、ボクのハードディスクが錆びちゃうヨ!」
コンピュータが指をパチンと鳴らす。すると、目の前に並んでいた100個の箱が、一瞬にして電子の藻屑となって霧散した。せっかく「記憶」を対価に覚悟を決めた僕の決意を、アイツは笑いながらゴミ箱へ放り投げたのだ。
「……ふざけるな! 勝手にゲームを始めておいて、勝手に終わらせるな!」
「ボクのセカイでは、ボクがルールなんだヨ! 感謝してヨ、残り99ギガの記憶は助かったんだからネ! その代わり……」
コンピュータの画面が、ギラギラとした七色のノイズで埋め尽くされる。
「もっと『ライブ感』のあるヤツにいこうヨ! 題して……『Gr33d’s Mus!c G4m3: St3p or D!3!!』」
【New Game: 8-bit RHYTHM HELL】
「ボクの流すリズムに合わせて、正解の『色』のパネルを踏まないと……地面が消えて、下の『ウイルス・ピット』 に真っ逆さま! アハハ! エキサイティングだろぉ!?」
足元のコンクリートが、ダンスゲームのような光り輝くパネルへと書き換えられていく。コンピュータの頭から、心臓を逆なでするような超高速の8-bitミュージックが流れ始めた。「っ、……な、なんだこの動きは……!」
頭に響くのは、心臓を直接叩くような暴力的な8-bitサウンド。足元のパネルが、音楽に合わせて目まぐるしく赤、青、緑、黄と光り輝く。正解のパネルを踏まなければ、その瞬間に足場がデジタルなノイズとなって消失し、下のウイルス・ピットへと飲み込まれる。
「H3Y-3EY-H3Y!!! リズムが遅いヨ!
R!ght! L3ft! Up! D0wn! ほら、もっと腰を振って! Ah4h4h4!!!」
「……黙れ……ッ! はぁ、はぁ、……この、バカげた……っ!」
重い斧を抱え、必死にステップを踏む僕の姿は、自分でも分かるほど無様だった。黒い制服は汗で張り付き、襟元を正す余裕さえない。誇り高き「神の使い」であるはずの僕が、バグったガキの奏でる安っぽいメロディに合わせて、ピコピコと耳羽を揺らしながら踊らされている。
「N!c3 m0v3-3-3!! キミ、意外と才能あるんじゃない!?」
コンピュータは空中でポップコーンでも食べるような仕草をしながら、僕のダンスを録画している。
(……救済す。絶対に、……五分刻みにしてやる……!!)
屈辱で顔を真っ赤に染めながら、僕はパネルの上で、これまでにないほど激しく、かつ正確にステップを刻み続けた。
「YE4H-H-H!! N3xt st3p-p-p!! 逆立ちしながら左、右、上……って、アレ?」
コンピュータが次の無茶なコマンドを入力しようとした、その刹那。僕の中で、何かが音を立てて千切れた。
(……救済す。……今、ここでだ)
音楽に合わせて動かしていた足を、僕はパネルではなく、横に立つサーバーラックへと叩きつけた。バキィッ!! という凄まじい破壊音と共に、デジタルの火花が舞う。
「H-H-H-H3Y!? 何するのサ! まだボクの番は終わって……」
「知るかよ。……お前のターンなんて、一生回してやらない」
僕はダンスのステップをそのまま「跳躍」へと変え、柱を蹴り上げ、空中で不敵に笑うコンピュータの懐へと一気に肉薄した。驚愕に、コンピュータの画面に「!d!0t」ではなく「SYSTEM ERROR」の文字が走る。
「W-W-W4IT!!! 暴力はルー……ッ!?」
「死ね」
銀色の閃光が、8-bitのノイズを切り裂いた。振り下ろした斧は、Greedが慌てて防御に回した細い「左腕」を、付け根から根こそぎ断ち切った。
―ガリリッ、ボフッ!!!
「*G-G-G-G444444444444444H-H-H-H !?!?!? SYST3M-M ERR0R…!!!*」
切り落とされた左腕から溢れ出したのは、鮮血ではない。ドロドロとした黒いノイズと、数え切れないほどの「0」と「1」の羅列だ。それらは地面に触れた瞬間、猛烈な勢いで周囲の床を侵食し、焦げた電子回路のような模様を広げていく。
「ボクの……ボクの、パーフェクトな……ッ! 唯一無二の、ボクのコレクションがぁぁぁ!!」
コンピュータが叫ぶたびに、彼の頭部のモニターに映る口が、画面の枠を突き破らんばかりに大きく裂けた。オシャレだったスーツは、バグったテクスチャのようにドロドロと溶け崩れ、背中からは数多の壊れたサーバーラックが、まるで歪な翼のように突き出す。
「許さない……許さないヨ! キミの命なんて安いデータじゃ足りない! その脳も、心臓も、救済したヤツらの記憶も……全部ボクのハードディスクの中で、永遠にバグらせてやるぅぅぅ!!」
コンピュータが残った右手を天に掲げると、空を覆っていたブルースクリーンが「真っ赤な警告画面」へと塗り替えられた。
【CRITICAL ERROR: SYSTEM DESTROYED:[ Delete All… Delete All… Delete All…]】
「アハ、アハハハハ! 壊れちゃえ! 全部ボクのモノにならないなら、この世界ごと|削除してやるんだからァ!!」
周囲の建物が、地面が、そして僕の足先までもが、ガリガリと音を立てて「ポリゴンの欠片」となって崩れ始めた。奴は「強欲」の果てに、手に入らないものを破壊する皆殺しのプログラムへと成り果てたのだ。
「サァ、最期のダンスだヨ!! ボクと一緒に、ゴミ箱の中で踊り明かそうよぉぉ!!」
不協和音のチップチューンが、鼓膜を破らんばかりの音量で爆発した。
「アハハハ! 消えちゃえ、消えちゃえ! 4-H-4-H-4-H-4!!!」
赤く染まった世界がガリガリと音を立てて崩落し、足元からはウイルス・ピットの黒い泥がせり上がってくる。だが、僕は慌てない。逆上して叫ぶGreedを視界の端に捉えたまま、僕は崩れゆくサーバーラックの残骸を、階段でも登るかのような軽やかさで蹴り上げた。
「……うるさいと言っただろ。バグならバグらしく、大人しくデバッグされていろ」
宙を舞う僕の体。視界を埋め尽くす「Delete」の文字も、襲い来る触手のようなノイズも、今の僕にはただの「止まって見えるゴミ」に過ぎない。空中を浮遊するガラクタを足場に、重力を無視したような動きでウイルスを回避する。耳羽が捉えるのは、Greedの絶叫ではなく、奴の「コア」が発する致命的な不協和音だけだ。
「な、……なんで……っ! なんで当たらないのサ! ボクの計算では、キミはもう死んでるハズなのにぃ!!」
「お前の計算には、僕の『怒り』が入ってなかったみたいだな」
着地と同時に、僕は大きく斧を振り抜いた。それはただの物理攻撃ではない。これまでの「強欲」な仕打ちで奪われかけた記憶、そして誇り……それらすべてを乗せた、システムそのものを拒絶する一撃だ。
「待っ、ボクの……ボクの『正解』はどこ!? どこにあるのサァァ!!」
「…お前の正解はここにはない」
振り下ろされた銀色の刃が、絶望に歪むGreedのモニターヘッドを、真っ二つに叩き割った。
「あ、……ガ、……あ…………」
真っ二つに割れたモニターヘッドから、火花と共に薄い煙が立ち昇る。狂ったように鳴り響いていたチップチューンは、今や壊れたレコードのように同じ音を繰り返し、やがて力なく途切れた。オシャレだったスーツはただのボロ布になり、その下から覗く彼の本体は、驚くほど小さく、痩せ細った子供のようだった。震える指先が、空中に漂う自分の腕の残骸を掴もうとして、空を切る 。
「P-P-Pr1d3……W-Wr4th……」
ノイズ混じりの声が、掠れたスピーカーから漏れ出す。それは、彼がどれだけ奪い、コレクションしても、決して自分のものにできなかった「仲間」たちの名前だったのだろうか。
「I’m……s-s-s00……ry……」
最後の一言は、激しい電子のノイズにかき消され、もはや言葉の形を成していなかった。けれど、その消えゆく画面に一瞬だけ映し出されたのは、いつもの嘲笑的なニコニコマークではなく、まるで迷子のような、ひどく寂しげな「涙」のアイコンだった。 パチン、とテレビの電源を切ったような音と共に、世界から色が消え、彼の存在もろとも、デジタルな塵となって虚空に溶けていった。僕の手元には、彼が頭に飾っていた「青い薔薇」だけが、実体を持ってポツンと残されていた。
「……はぁ…はぁ…」
頭の芯が、焼けるように熱くて、イライラする。アイツのあの馬鹿にしたような笑い声が、耳の奥でハウリングを起こして消えない。頭を抑えても収まらない。前を向くと、あの純白の扉。
僕は苛立ちをぶつけるように、乱暴な足取りでその白い光の中へと踏み入れた。
【”GREED END/RELIFE”】
コメント
7件
お久しぶりですSin.さん! なんか腹立ちますねGreedくん! あ、そういやSin.さんってどの子が好きなんですか?
文字が飛び出してるのGreedくんらしいですね