戦慄する獣王ガロンを前にして、シャーリィは平素と変わらぬ態度を崩さなかった。
「へぇ、アスカはフェンリルだったのですね」
「……?」
シャーリィがアスカの頭を撫で、アスカは首を傾げる。
「フェンリル!?その子が!?でも、フェンリルの髪は白いはずよ!その子は白髪じゃないわ!何かの間違いじゃないの!?」
マリアもまた驚愕する。幻獣種の一種として名高いフェンリルは、美しい白髪を持つことで有名なのである。だがアスカは黒髪。耳だけしか特徴を持たない彼女は本来なり損ないとして蔑まれてきた立場にある。
「まあ、その話は後にしましょうか。アスカのお陰で獣王は魔法を使えない様子ですし、先程までの動きはもう出来ないはずです。このまま一気に仕留めますよ、マリア」
シャーリィはまるで獲物を狙う捕食者のような視線を向ける。それを見たガロンは失われた尾を見て歯を食い縛る。
「ぐっ!だが、この程度ハンデにもならんわ!例え魔法が使えまいと、小娘に遅れは取らん!貴様らを殺して、そのフェンリルを我が物とする!」
気を取り直したガロンは手斧より大きな斧を取り出し、軽々と担ぎながら吠える。
「アスカは私の大切なものです。貴方に引き渡す道理もありませんし、どちらにせよ貴方は死ぬので気にするだけ無駄です」
「ああっもう!後で詳しく話してもらうわよ!フェンリルなんて希少な存在なんだから!」
互いに勇者の剣と魔王の剣を握りながら身構えるシャーリィとマリア。アスカも静かに短剣を構えた。
「うぉおおおおっっ!!!いくぞぉおっ!小娘ぇ!」
大きなバトルアックスを振り回しながら獣王ガロンはその肉体を活かして大地を蹴って加速。三人との距離を一気に詰めようとするが。
「「ブースト!」」
身体強化を行ったシャーリィ、マリアは易々と後方へ跳躍して距離を取る。
「なにぃ!?」
「なるほど、魔法を使えないとその程度の速度しか出せないのですね」
「確かに速いけど、巨体なだけあって普通の狼獣人に比べたら遅いわね!」
「くそっ!ちょこまかと!」
ガロンは二人を追い回すが、追い付くことが出来ず悪戯に体力を消耗していく。
「足元注意よ!アクア!」
「ついでに感電注意です!ライトニング!」
マリアが足元を水浸しにして、そこにシャーリィが電流を流す。
「ぐぉおおおっ!?まだまだぁあっ!!」
感電しながらもガロンは二人を追い回すように動き回る。だが二人から攻撃を受けながらの追撃は彼の体力を恐ろしい勢いで奪い去っていく。
「ウインド!」
シャーリィは再び『飛空石』に魔力を流し込んで浮力を得て宙に浮かび風を生み出して急上昇する。
「ちぃ!?また飛びやがった!」
「今度は逃がさないわよ!大地の精霊よ!我が願いに答えよ!バインド!」
空を見上げたガロンの足を地面から飛び出した無数の蔓が縛り付ける。
「っ!?またか!」
「今度は逃がしません!ウインド!」
再び身動きを封じられたガロン目掛けてシャーリィも急降下する。先ほどと同じ戦法。違いがあるとするならば、ガロンは魔法を使えないと言うことのみである。
「二度も同じ手に掛かると思うな!小娘ぇ!」
ガロンは魔法が使えないこともあり、自らの足に絡み付く蔓を切断すべくバトルアックスを振るう。だが、今度は邪魔が入った。
ガロン目掛けて飛びかかったアスカが、バトルアックスを握る右腕の腱に当たる部分を切りつけたのだ。
突然右腕に激痛が走り、ガロンは堪らずバトルアックスを手離してしまう。そしてその行動が彼の運命を定めた。
「輝けぇ!!!」
声に反応してガロンが空を見上げると、そこには光輝く刃を握りしめた少女が自分目掛けて一直線に迫ってくる光景が目に映る。
咄嗟に彼は左腕を振るった。その鋭い爪で自分に迫る少女を切り裂くために。奇しくもそれはブラッディベアと同じ行動であった。
しかし、彼の最後の足掻きは意味を為すことは無かった。光の刃に触れた瞬間、彼の願いを嘲笑うかのように、そして無慈悲に左腕が光の粒となり消失。目を見開き驚く彼に猶予を与えることもなく、懐へ飛び込んだシャーリィは勇者の剣に魔力を込めた。
更に輝きを増した魔法剣をしっかりと握りしめ、自分の非力さを遠心力で補うべく身体を回転させて、必殺の一撃を解き放つ。
「閃光っ!一閃!」
遠心力を乗せた一撃は、ガロンの左肩から右脇腹までを斜め一直線に斬りつけた。
「がっ!?」
だがそれだけでは終わらなかった。同時に懐へ飛び込んだマリアが、真下から魔王の剣を振るう。
「ブースト!黒炎っ!一閃っ!」
マリアが脚力を強化して跳躍しながら炎の刃を切り上げる。それはガロンの左脇腹から右肩へ向けて斬りつけた。二人に胴体を十字に斬られたガロンは唸り声をあげる。
「やっ!」
「はっ!」
二人もそのままガロンを蹴って飛び退き距離を取る。そして身構えながらその様子を眺めた。
ガロンの身体は黒い炎に包まれながら、少しずつ光の粒となり消えていく。
「我の、千年の願いがっ!またしても、またしても我の彼岸を妨げるか!勇者!魔王!」
炎に焼かれ、光となって消えながらもガロンは吠える。
「自分達以外の種族を隷属させるなんて悲願、認められるわけ無いでしょう!?」
ガロンの言葉にマリアが吠える。他種族を見下す傾向がある獣人族の悲願は自分達以外の種族の隷属。そんなものは魔王も認めず、そしてマリアも到底受け入れられるものではなかった。
そしてシャーリィの対応は更に冷淡であった。
「勇者だとか魔王だとか、私にはどうでも良いことです。勇者としての責務を果たすつもりもありませんし。ただ貴方は私の大切なものを奪った。だから敵になった、それだけです」
「そっ、そんな理由で我の悲願を阻んだのか!?勇者として我に挑んだのではないのか!?我は!我は勇者に討たれたのでは無いのか!?我には!我には誇りすらっ!」
それ以上の言葉は続かず、獣王ガロンは封印ではなくこの世から完全に消滅させられた。
それは、シャーリィにとって長い二日間が終了したことを意味する。
「ふぅ、終わりましたね。流石に疲れました」
「……ん、終わった」
シャーリィはアスカを抱きしめるとそのままその場に座り込む。
「おおおーっっっ!!!」
獣王ガロンの消滅を確認した周囲を囲む皆の歓声が『ロウェルの森』に響き渡る。ここに獣王の野望は永久に潰えることとなる。
またこの事変により獣人族の強硬派は大半が命を落とし、融和路線へと方針を切り替えることとなるが。
「ふぅ……」
「やったなシャーリィ!お前最高だ!」
「冷や汗ものだったよ、お嬢。はしゃぐのもほどほどにな」
大切なものに囲まれて一息つくシャーリィにとっては関心の無い事である。
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