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「先輩って、男なんですか?」
翌日。こさめは黒羽に尋ねた。こさめのクラスは帰りのHRが早く終わり、皆より早く部室に着いてしまったのだ。LANは別の先輩に呼び出されたのであとで来るそうだ。
黒羽はいつものように棚の上に座っていた。こさめの質問に、黒羽は微笑んだ。
「なんでそんなこと気になるん?」
黒羽は長いスカートにセーラー服、黒いパーカーを着ている。スカートの下にスラックスを履いているらしく、性別が見当もつかない。声も中性的だし、見た目や性格だけでは判断不可能なのだ。
「男やで!」
黒羽は元気よく言った。こさめはへぇ、と頷くと、軽く声出しを始めた。裏声から地声。シャウトとビブラートが出るのを確認する。
「かわいい声やね。羨ましいわ」
声出しをある程度終えると、黒羽が棚の上から言った。
「あ、ありがとうございます。」
こさめは少し照れながら答えた。黒羽はこさめの声の響きを楽しむように目を細めた。
「それにしても、こさめの声は綺麗やし可愛いし完璧やな。歌うこと、好きなんやろ?」
こさめは少し恥ずかしそうに頷いた。
「はい、歌うこと、好きです。」
「ええことや。音楽は心を豊かにするし、自分を表現するいい手段やからな。」
黒羽の言葉に、こさめは改めて自分の音楽への情熱を再確認した。
「先輩も、音楽が好きなんですよね?」
「うん、そうや。音楽はウチにとって、生きる意味みたいなもんやからな。兄ちゃんが教えてくれたんやけど、音楽って人を繋げる力があるんよ。」
こさめはその言葉に深く頷いた。
「それ、わかる気がします。」
しばらくして、他の部員たちも部室に到着し、賑やかな雰囲気が戻った。LAN、いるま、暇72、すち、みことがそれぞれの楽器を手に取り、今日の練習が始まる。
「ふふ、アンタらはほんまにええ後輩やわ。」
そう言って黒羽はその緑色の目を細めて微笑った。
「…ところでなんやけど。」
黒羽が急に真剣な顔をして言った。六人は演奏をやめ、黒羽の方を振り返った。黒羽は棚から飛び降り、皆の前に立った。
「アンタらさ、うちの部活非公認__」
黒羽が言いかけたところで、急にドアが開いた。びっくりして振り返ると、そこには顔が綺麗なな女子生徒が三人ほど居た。一人はセーラー服のポニーテール、もう一人はブレザーにツインテール。三人目は身長の高いボブヘア。
「やっと見つけた…」
ポニーテールの人が言った。黒羽はギターを床に置くと、六人を庇うように女子生徒の前に立った。
「何の用?」
黒羽は女子生徒よりわずかに身長が低い。ポニーテールの女子生徒は、黒羽の腕を掴んで教室の外に引き摺り出そうとした。だが黒羽も抵抗する。ドアにしがみつき、動かない。
「黒羽、来い」
三人の女子生徒が黒羽の両腕を掴む。咄嗟にこさめは女子生徒、恐らく先輩に歩み寄った。
「あの、黒羽先輩に何か…」
言いかけた途端、こさめの頬に衝撃が走った。思い切り殴打を受けたのだ。なにが起きたのかわからず、床に倒れ込む。痛くはない。
「黒羽!来い!」
ボブヘアの女子生徒が叫ぶ。黒羽は女子生徒の手を振り払い、こさめたちに向かって叫んだ。
「裏口から逃げろ!!!」
その言葉に、六人は急いで裏口から逃げた。
走り出した六人の心臓はドキドキと早鐘のように打っていた。部室の裏口から出ると、学校の非常通路に繋がる。非常階段を駆け下り、必死で走る。彼らの頭には、黒羽の必死な顔と言葉が響き渡っていた。
「先輩、大丈夫なん…?」
LANが息を切らしながら言った。すちが肩を貸しながら走るこさめを見つめた。
「今は走るしかない。先輩を信じよう」
いるまが力強く言い、みことも頷いた。暇72は後ろを振り返り、追ってくる気配がないことを確認した。
「あれ…?あ、ここか!」
こさめは学校の裏玄関に辿り着いた。フェンスの一部がドアのようになっていて、ここから学校の外に出ることができる。
「ここから出れば、とりあえず安全かな?」
LANが言った。六人は一気に外に飛び出した。夕方の風が彼らの頬を撫で、少しの間だけ息をつくことができた。
「なんなんあの人たち…」
みことが汗を拭きながら言った。こさめたちが逃げて来たのは学校の二階。二階にある窓を見ると、そこではパーカーを着た人が必死になって走っていた。おそらく黒羽先輩だ。
「あれ、黒羽先輩じゃない?」
「…あぁ、確かにあれ黒羽先輩だわ」
「何があったんだろ…」
みことが心配そうに胸に手を当てた。いるまが静かに言った。
「…入部する時、非公認って言ってた。多分あの三人は生徒会で、非公認の部活取り締まってるんやと思う…たぶん」
「そうなのかな…」
その時、急に3階の窓が開いて、そこから誰かが飛び降りてきた。一瞬大きなカラスかと思ったが…
「く、黒羽先輩!?」
すちが真っ青な顔をして言った。確かに人の形をしていて、ギターを背負っていた。
黒羽は鳥のように空中を舞うと、地面に着地し、駆け寄ってきた。
「せんぱ……」
急に黒羽はなにか喋ろうとした暇72を傍に抱え、走り出した。
「来い!死ぬぞ!」
そう黒羽は叫んだ。六人も先輩に続く。
「先輩、どこ行くんですか!?」
LANが息を切らしながら尋ねると、黒羽は振り返りもせずに答えた。
「安全な場所や!もう少しやから、頑張れ!」
なるべく人気のない場所を通り、街中を駆け抜けた。夜の街は静かで、彼らの足音だけが響いていた。黒羽が向かったのは、この前皆で集まった居酒屋だった。
「ここや!」
黒羽が指差したのは、灯りが点いた居酒屋の裏口。彼らは急いで居酒屋の中に飛び込んだ。
「おかえり、黒羽!」
店長が驚きながらも迎え入れた。黒羽は息を整えながら言った。傍に抱えていた暇72を下ろし、暇72も真っ青な顔をしていた。
「世話になるわ店長。ちょっと厄介ごとに巻き込まれてな。」
店長は頷き、彼らを二階の席に案内した。黒羽は六人を見渡し、息を整えるように促した。
「みんな、ここなら大丈夫や。とりあえず休もう。」
六人は安堵の表情を浮かべ、席に座った。黒羽も椅子に腰掛け、深く息をついた。
「先輩、一体何が…」
みことが尋ねると、黒羽は真剣な表情で言った。
「あの三人は生徒会や。うちの部活が非公認やからって取り締まろうとしてる。でも、うちは諦めへん。アンタらもこのまま黙って引き下がるわけにはいかんやろ?」
そう言う黒羽の目には何故か怒りが宿っていた。