「…先輩、あの人たちは軽音部…、先輩をどうするつもりなんすか?」
暇72が尋ねると、黒羽は目を細めて言った。黒羽の瞳には、一抹の不安と決意が交錯していた。
「わからん。でも軽音部は廃部させられると思う。なんでやろなぁ。」
黒羽はどこか遠くを見つめるような目で宙を見ていた。
「…先輩。おれは廃部になろうとも…いや、廃部なんてさせないです。」
LANが力強く言い放ち、真っ直ぐに黒羽を見つめた。いるまも同意するように深く頷いた。黒羽は目を見開き、六人の決意に満ちた顔を見渡すと、感心したように微笑んだ。
「ふふw、あんたらはほんまにええ子やなぁ。」
黒羽の笑顔にはほんの少しの哀しみが滲んでいた。
「先輩、これからどうしますか?」
すちが心配そうに尋ねると、黒羽は深く息を吸い込み、意を決したように言った。
「まずは、しっかりと休もう。明日から新たな戦いが始まるからな。それと、夏になったらやけど」
黒羽はそこで言葉を止めた。そして一拍置いて言った。
「夏に、文化祭があって、そこで演奏できると思うから、それに向けてしっかり練習しよう。」
「とりあえず文化祭はウチのオリ曲でもやるか。ほれ楽譜。」
翌日。部活動は生徒会の乱入によって中止にした。楽器だけ持ち帰り、居酒屋の二階で練習することになった。部屋にドラムは持ってこれなかったので、電子ドラムを使用。
黒羽が取り出した楽譜は「can we jazz?」というタイトルが書かれていた。セリフパート、スィング、ラップパートもあるなかなか高難度の曲だ。
「セリフパートあるんですね…」
すちが頭を掻きながら言った。黒羽はにっこりと笑った。
「まぁなくてもええんやけどさ、ほら君ら声いいし歌えるっぽいから…こさめちゃんだけに歌パートあってもキツイだろうし。」
『こっち来いよ』『どうして欲しい?』など、なかなか恥ずかしい。
「先輩。先輩はどのパートやるんですか?」
LANが尋ねると、黒羽は得意げに言った。
「そりゃキーボードとセリフよ。」
黒羽がセリフを言っているところを想像すると、少し可笑しくて笑ってしまう。
「なんや、そんなにウチがいうのあかんのか!」
「いやなんかオモロくて…w」
LANが笑いを堪えながら言った。黒羽は不満そうに頬を膨らませた。その光景に思わず微笑む。
「ここの『happy birthday』、全員で言うんですか?」
こさめが手を挙げる。黒羽は深く頷いた。
「こんなふうに…happy birthday.」
先程までのコミカルな雰囲気が一変し、バーテンダーのような大人な雰囲気を醸し出していた。
「かっこいいですね…こさめこんなふうに言えるかな…『だれにも言わないで。』」
試しにセリフを読んでみる。こさめのセリフは『誰にも言わないで』。小声で言ったのに顔に熱が集まるのがわかる。真っ赤になった後輩の背中を黒羽は力強く叩いた。
「まぁ、いつか慣れる!」
こさめは肩をすくめて頷いた。
「どうしてほしい…?」
すちがみことの耳元でそう囁いた。いつもの癒しっぽい声とは反対で、爽やかなイイ声。みことは顔を真っ赤にして顔を覆った。
「すちくん!」
みことが悔しそうに叫んだ。すちはいつもの笑みで笑った。
「『今宵のメインディッシュは君』、か…なんかかっこいいな。フフッ」
すちは自宅のベッドに転がりながら楽譜を眺めていた。夜の静けさが部屋に満ち、窓の外では星が煌めいている。カーテンがゆっくりと揺れ、遠くから微かに風の音が聞こえる。今回の曲はキーボードの出番が多い。主にストリングス、ブラス、アコーディオンの三つの音色を使用するため、転換を素早くする技術が必要だ。自然と楽譜を見ながら指が動く。
「何も知らずに生きられない…」
すちは小さな声で歌詞を口ずさんだ。歌詞の一つ一つが心に残る。いい曲だなぁ、と呟き、窓から差し込む月の光が彼の顔を優しく照らす。心地よい夜風が部屋に入り込み、カーテンがささやくように揺れる。すちは深呼吸をしながら、ゆっくりと眠りについた。