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テオと共に特訓と準備を重ね続けた俺は、少しずつではあるが、魔術での戦い方のコツをつかみ始めていた。
そして出発の朝。
ウォードやダガルガとも合流し、エイバス正門近くの『貸馬屋(かしうまや)』へと向かう。
貸馬屋はその名の通り「馬や馬車を貸し出す商売」を行っている店だ。
貸出期間や馬の頭数、馬車であれば大きさや御者付きかどうかなどにより細かくレンタル料金が決まるため、予算や目的に応じ好みのプランで借りることができる。
ゲーム内にも同じ場所に貸馬屋があり、移動時間を短縮したい時や、馬での疾走感を楽しみたい気分の時など、俺もちょくちょく馬を借りて旅をしていた。
ただ現実では、馬を乗りこなせる自信がなかった。
数日前に4人で最終打ち合わせをした際、前回に引き続き馬での移動を渋っていた俺だが、そのかたくなさを怪しんだテオに問いただされ、仕方なく乗馬経験が無いのを打ち明けた。
するとダガルガは「何だそんな事か! 俺に任せろっ!」と胸を叩き……いつの間にやら、馬に乗っての出発が決まっていたのだ。
「よう!!」
貸馬屋に入るなり、店員の1人に声をかけるダガルガ。
「おう、待ってたぞ!」
白髪交じりの年配男性店員は親しげに答え、すぐに俺達を店脇の馬小屋へと案内しつつ、予約内容を確認していく。
「……普通ランクの馬具で、馬4頭。目的地はカルネ山のふもと。すぐ出発で到着次第返却の半日貸し。料金は4頭分で120R(リドカ)、冒険者ギルドへ請求ってことでいいか?」
「あァ!」
「んじゃ、今月分の請求につけとくぜ」
ダガルガによれば、今回のボス討伐が『エイバス冒険者ギルドからの依頼(クエスト)』扱いになるよう、ギルド職員のステファニーが色々と手を回してくれたらしい。
これにより馬の賃料はギルド持ち、かつ討伐成功時に報酬が貰えることとなった。
所持金が心もとない俺には願ってもない話であり、ステファニーには感謝だな。
案内された馬小屋に居たのは20頭ほどの馬。
馬小屋の中を見回す。
その光景自体はゲームと同じで、画面越しと違うのは、うっすらと独特のにおいがすること。
初めて嗅ぐタイプのにおいだけど、決して嫌な感じじゃない。
「ところでよ、馬に初めて乗る奴がいるって聞いてんだが――」
「あ、俺です!」
店員の言葉を少し遮るように、うわずった声で俺が答える。
「緊張しなくても大丈夫だぞ。うちで1番の子をつけてやるからな!」
「ありがとうございます……」
「ほら、こいつだ」
と言いつつ店員が指したのは、馬小屋の奥に居る茶色く大きな馬。
「こいつは凄く温厚で頭もよくて、乗馬初心者でもちゃんと合わせて走ってくれる奴なんだ。滅多なことじゃ動じねぇし、安心して乗れるはずだから頼っていいぞ!」
そんなこと言われてもと心の中でつぶやきつつ、目の前の馬を観察する。
栗毛色につやつや輝く毛並み。
ガッチリした大柄な体型。
ピンと真っすぐ立った短めの耳。
心なしか賢そうな、しっかりと引き締まった表情。
大きく綺麗な焦茶の瞳。
確かに見た目だけなら、頼り甲斐を感じさせるような気もしなくもないけど……。
「兄ちゃん、ちょっとこいつ触ってみなよ」
「は、はぁ……」
こわごわながらも柵越しに馬へと近づき、店員に教わりつつ馬の鼻の前に手を差し出してみた。まるで俺の手のにおいを嗅ぐように、馬が鼻を近づけてくる。
「今だぜ」
小声の店員の後押しに、鼻辺りをゆっくりと優しく撫でてみる。
すると馬は、目を細めて嬉しそうな表情をした。
「どうだ兄ちゃん。まだ怖いか?」
「いえ……この子なら大丈夫な気がします」
「そうか。じゃ、こいつで決まりだな」
初めて触る馬の鼻は、思った以上に温かく柔らかく。
そしてその優し気な表情に、俺はどことなく安心感を覚えるのだった。
テオ、ウォード、ダガルガと俺は貸馬屋でレンタルした馬に乗り、ダンジョンがあるカルネ山のふもとを目指す。
俺にとって初めての乗馬ではあったが、他の3人が色々と教えてくれた上、しかも温厚な馬の上手いフォローがあったため、数十分もすると落ち着いて乗りこなせるようになった。
およそ2時間後には、目的地へ到着。
馬を降り貸馬屋で教わった通り合図を出すと、馬達は来た道を駆け戻っていった。
騎乗者もいない4頭が、綺麗に隊列を組んで帰っていくさまは凄かった。
その堂々と駆ける後ろ姿を見つめていると、テオが声をかけてくる。
「そっか、タクトは貸馬屋使ったの初めてだもんなっ」
「ああ。確かあの馬達、自分で店に戻る訓練を受けてるんだっけか?」
「そーらしいね」
貸馬屋の店員からは出発前に『馬達はレンタル時間が過ぎるかもしくは合図を出されるかすると、自ら店に戻るよう訓練されている』との説明があった。
これはゲームでも同じ設定だった。
「脇目もふらずあんなに規則正しく帰っていくなんて、いったいどんな訓練してるんだろうな?」
俺の疑問に、首をかしげながらテオが答える。
「ん~……俺もよく知らないんだよね……訓練方法は各街の貸馬屋によっても違ってて、それぞれ代々受け継がれてる企業秘密らしいとか、特殊な魔導具を使ってるらしいみたいな噂は聞いたことあるけどさっ」
「へぇ、そうなんだ」
一般に知られていたら、色々と悪用されてしまいそうな技術。
秘密にされるのも無理はないかもな。
早めのお昼も兼ねて軽く休憩をとってから、俺達4人はダンジョン『小鬼の洞穴(こおにのほらあな)』の中へと入って行く。
先日2人で潜った際と変わらず、ところどころ苔むした石造りの通路は少し肌寒く、湿った土のようなにおいがする。
そして通路を暖かな色合いの光で照らしているのは、壁の高いところに等間隔に取り付けられた火の魔導具。
ただ前回――俺の戦闘訓練も兼ね、様子を見つつ歩を進めていた――と違ってあくまでボス討伐のみが目的のため、ギルド公開のダンジョン地図を時々確認しつつ最短距離で最下層を目指す。
途中で俺がLVアップしてしまわないよう、道中出会った魔物は他の3名が……というより先頭を歩くダガルガが、ほぼ瞬殺で葬り去っていた。
俺達はダガルガの邪魔にならぬよう少し離れて後をついていく。
その姿は、かつてゲームで見た戦闘時の彼そのものだった。
だけどよくよく見ると、ただ力強いだけじゃない。
狭い通路であってもその刃は壁や床に当たることはなく、敵を最速で殲滅するのに最適な太刀筋で斬りかかっている。
大振りアクションに見えるが、戦闘における動きは最低限であり、連続でのバトルにも疲れた様子が一切ない。
まさに、場数を踏んだ強者の戦い方と言えるだろう。
自ら剣を取って戦うようになった今だからこそ、彼の凄さをひしひしと感じるようになった俺。
今後の戦闘の参考にすべく、ダガルガの一挙手一投足をしっかりとその目に焼き付けたのだった。