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ご提示いただいた小説『永遠の落下』を、文字数の削減や加筆・本文の削除を行わずに、場面の区切りが良い箇所で4つのパート(各パート1,300〜1,700字程度)に分割いたしました。
『永遠の落下』 第一部(約1,300字)
「落ちる——!」
視界が反転し、空と地面が入れ替わる。黒川美月は、錆びた金属の匂いを嗅ぎながら、真っ逆さまに落ちていた。
幼稚園の滑り台。青い塗装が剥げた、背の高いあの滑り台のてっぺんから、誰に押されたわけでもないのに、自分の足で踏み外したわけでもないのに、ただ「そうなる」と決まっていたかのように、美月の体は宙に投げ出された。
風を切る音。下には固く踏み固められた灰色の地面。
(怖い——っ!)
叫びたいのに、声が出ない。喉の奥で引っかかって、音にならない。
地面が迫る。あと数メートル。あと数センチ。
その翼間——世界の時間が、ねっとりと伸び始めた。
スローモーション。地面の砂利の一粒一粒が、やけにはっきり見える。ひび割れた土、誰かが落としたプラスチックの破片。それらが、気の遠くなるような遅さで近づいてくる。
落ちている。確かに落ちているのに、いつまで経っても地面にぶつからない。
「いや……嫌だ、誰か……」
声にならない悲鳴が頭の中で響く。恐怖が心臓を握り潰す。永遠に続く落下——。
その刹那、視界が暗転した。
「はっ——!」
美月はベッドの上で跳ね起きた。心臓が早鐘を打っている。全身から汗が噴き出し、パジャマが肌に張り付いて気持ち悪い。窓の外は、まだ薄暗い夜明け前だった。
震える手で顔を覆い、深く息を吐く。喉の奥がヒリヒリと痛んだ。
(また……あの夢だ)
この夢を見たということは、自分の周りの「誰か」が、近いうちに不幸に見舞われる。それは美月にとって、もはや疑いようのない事実だった。
最初は幼稚園の年長の時。夢から覚めたその日、同じクラスの男の子が交差点で車と接触し、大腿骨を骨折した。
二回目は小学三年生。夢を見た翌日、隣の老夫婦の家が火事で全焼した。
そして今日で五回目。数年に一度、忘れた頃にやってくるこの悪夢には、何が起きるのか、誰が被害に遭うのか——具体的な暗示は一切ない。ただ「高いところから落ちる」という抽象的な恐怖だけがある。
だからこそ、耐え難い。何かを予感させられるのに、誰を、どうやって救えばいいのかが分からない。ただ、誰かが傷つくのを、手をこまねいて待つことしかできない。
「私はただの、不吉な観測者だ……」
自嘲気味な呟きは、誰に届くこともなく、静かな部屋に消えていった。
朝のホームルーム直前。高校二年生になった美月は、いつも通り自分の席に座っていた。
学級委員長。成績は学年上位。誰に対しても公平に接する「優等生」。それが周囲の評価であり、美月自身もそうあろうと自分を律している。クラスメイトと必要以上に深く関わらないのは、どこかで「私の周りにいると不幸になる」という思いがブレーキをかけているからかもしれない。
(誰だろう。今回は、誰が……)
教室を見渡す。いつもと変わらない騒がしさ。でも美月の目には「嵐の前の静けさ」にしか見えなかった。