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#お仕事
#秘密
ふと、最後列の窓際の席が目に留まる。いつもなら派手なヘアピンをつけた女子生徒が、友人と雑談しているはずの席。しかし、そこには誰もいなかった。机の上は何もなく、椅子が静かに収まっている。
ドクン——心臓が大きく跳ねた。
ガタッと前方のドアが開き、担任の教師が険しい表情で教壇に立つ。騒がしかった教室が、その空気の重さに静まり返る。
「朝のホームルームを始めます。その前に、伝えておくことがあります」
先生は一度、眼鏡のブリッジを押し上げ、最後列の空席に視線を向けた。
「佐藤さんが、今朝、登校途中に駅前の歩道橋で足を踏み外して転落したそうです。すぐに病院に運ばれて、命に別状はないそうですが、足を骨折して入院することになりました。通学時の安全には、くれぐれも気をつけるように」
(歩道橋の、階段——)
頭の中で、夢の「高い滑り台」と「歩道橋の階段」が、不気味に重なった。
教室がざわつく。「マジかよ」「大丈夫かな」——そんな声が飛び交う中、美月の視界は色を失っていった。
(やっぱり、当たった。私のせいで……)
頭の芯が冷えていく。顔から血の気が引き、指先が凍りつくように冷たくなった。佐藤とはそれほど親しくない。委員長としてプリントを配る時に言葉を交わす程度のクラスメイトだ。
それなのに、自分の見たあの忌まわしい夢が、彼女の骨折と確かに繋がっている。その事実が、胸に重く突き刺さった。
「黒川さん、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
先生の声に、美月はハッと我に返った。クラスメイトの視線が一斉に集まる。
「あ……いえ、大丈夫です。少し、寝不足なだけです」
美月は無理に背筋を伸ばし、いつもの「優等生」の仮面を被り直そうとした。しかし、膝の上で握りしめた拳の震えだけは、どうしても止められなかった。
同じクラスの右後方の席から、その様子をじっと見つめている少年がいた。
真田翼。普段はクラスの隅で目立たず、授業中も窓の外を眺めていることが多い。良くも悪くも「空気」のような存在だ。机の端にはいつも古びたオカルト雑誌や東洋の古い書物が置いてあり、周囲からは少し変わった奴だと思われている。実家が街外れの古い神社だという噂を、どれだけのクラスメイトが知っているかは怪しいが。
翼にとって、佐藤の事故は驚きではあったが「特に関係のない遠い出来事」だった。しかし、彼の関心は別に向けられていた。
先生が事故を報告した翼間、右斜め前方の席に座る黒川美月の背中がびくりと跳ね、横顔がみるみる青ざめていく。それは明らかな動揺であり、尋常ではない怯えの表情だった。
(……なんで黒川さんが、あんなにショックを受けてるんだ?)
翼は訝しんだ。二人の接点は皆無に等しい。生真面目な性格ゆえの同情かとも思ったが、一限目から授業が始まっても彼女の様子はおかしかった。いつもなら板書を完璧にノートに写す彼女が、完全に上の空だった。教科書を開いたまま、視線は遠くの一点を見つめて硬直している。
(流石に引きずりすぎだろ……)
六限目の最後の授業になっても、状況は変わらなかった。親しくもないクラスメイトの事故に一日中取り乱し続けるのは、どう考えても不自然だ。何か別の理由がある。普段は他人に干渉しない翼だったが、一日中その痛々しい背中を見せられ続けて、妙な引っかかりを覚えていた。
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