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一目惚れだった。あんまりにも衝撃的だったものだから、それが恋だと自覚したのは1週間も経ってからだった。それから、更に3週間ほど後のこと。
「好きです。俺と付き合ってください」
勇気を出してやっと言えた。心臓がばくばくと高鳴って痛い。毎日俺の家の花屋に花を買いに来る貴方は、ぱちぱちとまん丸な瞳を瞬かせて、そしてこくりと頷いた。
「うん、いいよ」
驚いた。絶対に断られると思っていたから。
「いいんですか」
思わず聞いてしまってからあっと声が出た。やっぱりなしと言われたらしばらくは立ち直れないだろう。けれど、貴方は笑って再び頷いた。
「うん。あっという間に終わっちゃうと思うけど、それでもいいなら」
あっという間にって、どういうことだろう。
俺が意味を測り損ねて首を傾げていると、貴方は嫌な顔一つせずに丁寧に説明してくれた。
「僕、他の人より5日分くらい体の時間の進みが早いんだって。皆にとっての1年は365日だけど、僕にとっては73日。だからあと残り生きられるのは大体…15年くらい」
「15年、ですか」
人生としては短いかもしれない。けれど恋をするなら、 15年。まあまああるような気がする。
「…なんて、思ってるでしょ」
ぎくりとした。
「僕は今26歳です。1年後には31歳になります。3年後にはもっと年をとって41歳。君を置いてぐんぐん僕は成長していくよ。僕、あんまり好きな人を置いていきたくないんだよね。それに、僕だけ姿が変わっていけば、君の恋も冷めちゃうんじゃないかな。だから、君と恋していられるのはせいぜいあと1年くらい」
そんなことありません。どれほど経ったってずっと好きなままです。…とは、言えなかった。
「…わかりました。なら、その1年の間に5年分の恋を貴方としてみせます」
貴方を真っ直ぐ見つめると、ふと瞳の中の俺と目が合った。真剣を通り越して少し怖いくらいの顔をしている俺に、そっと眉間から力を抜く。
「それはまた随分と駆け足な恋だね。僕としては別に、君と同じペースでゆっくり1年分歩くのでも構わないけど」
「いいえ、貴方の過ごす時間の中を少しでも一緒に過ごしたいんです」
するりと手を取ると、貴方は抵抗もせずにそのまま俺の手をきゅっと握り返してくれた。
「そして、1年経ったらプロポーズします」
「…ん?」
「5年の間に俺を結婚してもいい人間かどうか、見極めてください」
「顔が近い近い。案外ぐいぐい来るね君」
「恋は確かに冷めるかもしれませんが、愛なら冷めません。愛する人間を見捨てる程俺は薄情なつもりもありません。なので、おとなしく俺に愛されてください」
「うん、すごいこと言ってるね」
貴方にえいと言って手を抓られて、ようやくはっと我に返った。鼻先が触れそうなほど近づいてしまっていたから、慌てて距離をとろうと一歩後ろに下がる。けれど、次の瞬間ふわりと貴方に抱き着かれてぴくりとも動けなくなってしまった。
「じゃあ、まずは恋しよっか」
ショートしそうな頭のせいで、その言葉がなかなか理解に結びついてくれない。結構突飛なことをした自覚がある分、余計に驚いてしまった。
「いいんですか」
「うん」
顔を上げた貴方との埋まらない時間差は、この間にもまた少し広がっているのだろう。けれど、そんなことは気にしない。
「僕、これが初恋なんだよね」
「俺もです」
「おそろいだ」
貴方が俺より早い時間の中を生きるのならば、その分俺が速く走ってみせよう。貴方と一緒にすべてを走りきって、それでもし恋をする体力が尽きてしまったのならば、それ以上のことはないと思う。『次の恋』はいらない。俺はこの恋を、最初で最後の恋にしたい。
そろそろと腕をまわすと、貴方は嬉しそうに笑う。花開くようなその笑顔は時間では損なわれない。それでいいんだと思った。
「絶対幸せにします」
「気が早いよ」