テラーノベル
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俺は、ミセスの活動休止に伴い、若井と涼ちゃんの同居を決定した。
仲間だと思っていた2人のメンバーが脱退を申し入れてきた時、独りになる恐怖が巨大な波となって押し寄せてきた。
若井と涼ちゃんだけは、絶対に手放したくない。どうか、俺の傍から離れないで。
2人はそんな俺の孤独を慮ってくれたのだろう、二つ返事で同居を受け入れてくれた。
良かった、とりあえずは、籠の中に入ってくれた。俺はそんな最低な事を頭で考えつつ、2人の、そして3人でいられる場所を守る為、より一層のプロデュース業に励んだ。
毎日のようにダンスレッスンがあり、若井と涼ちゃんは、目に見えて疲弊してきていた。当然だ、楽器にも触らせず、『みんなで初心者になろう』とダンスばかりやっている生活は、彼等にとってはとてもじゃないが想像だにしていたなかったものに違いないのだから。
ただ、毎日のようにレッスンで見る2人は、なかなかうまく生活しているようだった。時々、2人にしかわからない会話をするのを見ると、安堵する心の隅にチリチリとしたものを感じた。だが、2人が別々にどこかへ行ってしまうより、俺から離れて行ってしまうより、はるかにマシだ。毎日、監視するように、2人の様子を見ていた。
俺は、こんな風にしか2人を大切にできない自分が、心底嫌いだった。
ある日、涼ちゃんが1人連絡を寄越した。
『元貴に相談があるんだけど』
俺は自分の部屋でいいか、とこちらに来てもらう事にした。
「若井の事なんだけど、最近ちょっとしんどそうにしてるんだよね。」
「体調?」
「んー、身体がってよりは心、かな。多分、僕に見られないようにお風呂場で1人で泣いたりしてるみたい。」
「そっか…。」
「これ、何もしない方がいいのかな?元貴ならどうする?」
「俺は、あんまり相手の気持ちを考慮して、とかないかな。俺が気になるなら行くし、どうでもいいならほっとく。」
「わ、ドライだなぁ。」
困ったように笑う。俺がひと目で気に入った、あの笑顔だ。いいな、若井は。涼ちゃんにこんなふうに心配してもらえて。俺は小さな燻りを心に感じていた。
「でもそっか、僕は若井はどうでも良くないから、ちょっと声かけてみるよ。」
「うん、よろしくね。」
俺は、俯き加減で飲み物を飲む。その様子をなんだか涼ちゃんがずっと見ている。
「なに?」
「いや、元貴も疲れてそうだな、って。」
「そりゃ、まあね、疲れてない時なんかないでしょ、俺に。」
なんでこんな言い方しかできないんだろう、心ではそう思うのに、つい口をついて出るのはこんな言葉ばかり。
涼ちゃんは、そうだよね、ごめん、と困った笑顔を浮かべる。
俺は、涼ちゃんに謝りたいけど、そうしてもまた貴方を困らせるだけになるよね、と、下がり眉で涼ちゃんを見つめた。
「ど、どうしたの?そんなにしんどい?」
涼ちゃんがあたふたと、俺の背中をぎこちなくさする。俺は、こんな涼ちゃんの優しさに、いつも甘えてしまう。つい強い口調になった時も、困った笑顔で受け入れてくれる涼ちゃん。本当はもっと、もっとまともに大切にしたいのに、ひねくれた俺がそれを許してくれない。
ゆっくりと、涼ちゃんの腕の中に収まっていく。涼ちゃんは、おぉ、と驚きながらも、そっとハグをしてくれた。
ああ、あったかい…。俺はなんだかそのまま意識を手放してしまいそうになり、涼ちゃんにそっと揺り起こされる。
「元貴、ここで寝ちゃうより、ベッドで寝た方がいいよ。」
「ん…涼ちゃんも…。」
俺はふわふわする思考でよく考えもせずそんな事を口走る。言ってから、しまった、なんだこの甘え方は、と少しハッとしたが、時すでに遅し。
「ふ、いいよ、お風呂入ってないけどお布団入っていいの?」
「………いーよ。」
涼ちゃんは俺の肩を支えながら、寝室へと誘ってくれる。本当はもうそんなに睡魔に負けてはいないが、涼ちゃんがずっと包んでくれるのが嬉しくて、そのまま今にも寝落ちそうな様子でいかせてもらった。
ベッドに2人で横になって、そのままハグをしてもらいながら眠りにつく。俺は、なんだか眠ってしまうのが勿体無くて、逆に目が冴えてしまった。だが、涼ちゃんに気を遣わせてしまうので、そのまま寝入ったフリをした。
しばらくして、涼ちゃんからも寝息らしき規則正しい呼吸が聞こえてきた。涼ちゃん寝ちゃったのか、良かった、とそのまま目を閉じ続ける。
さらに少しの時間の後、涼ちゃんが深く息を吸って、少し上体を起こした。俺は寝たふりをしながら、その様子を暗闇の中で意識的に追う。
「………結構可愛いとこあんじゃん。」
涼ちゃんはそう言って、俺の額のあたりにキス、だと思う、顔を近づけ柔らかい感触を残して、部屋を出て行った。
家を出て行く音がして、俺は目を開けた。なんだか、涼ちゃんらしからぬ雰囲気だったように思うが、それよりも彼からの不意のキス(のはず)に心臓が高鳴って、ますます眠るどころではなくなってしまったのだった。
次の日、ダンスレッスンに行った俺は、少し涼ちゃんと挨拶するのに緊張が走った。しかし、涼ちゃんの方は至って普通だった。それどころか、僕いつの間に元貴の家から帰ったんだろ、あんまり覚えてなくて〜、と頭をかきながら笑っていた。
俺は、少し肩を落としながらも、それよりなんだか様子がおかしい若井のことが気になった。なんとなく、若井が涼ちゃんを避ける、とまではいかないが、どこか困惑したような態度で接しているように見えるのだ。涼ちゃんの方は全くそんな様子はなく、ただ若井だけが何かを気にしているようだった。
休憩中、涼ちゃんが飲み物でも買いに行ったのか、外に出た隙を見て、俺が若井に話しかける。
「なぁ、なんか涼ちゃんとあった?」
「え!!…なんで?」
「いや、見るからになんかおかしいじゃん、態度が。涼ちゃんは気付いてないっぽいけど。お前だけなんかソワソワしてるっつーか…。」
「ん〜〜〜…!」
若井はぐしゃぐしゃと頭を掻きむしって、葛藤しているようだ。俺は、別の意味でも心配になってきた。コイツ大丈夫か?
「はあ………ここじゃとてもじゃないけど話せん。今日の夜空いてる?」
「まあ…。」
「元貴ん家行ってもいい?」
なんだか来客が続くな、と思いながら、俺は若井と今夜の約束をして休憩を終えた。
若井は、うちに来てソファーに腰掛けてからずっと手を組んで俯いたまま、何も話そうとしない。おそらく、何をどう話していいのか、今頭の中で整理をしているところなのだろう。俺は作業用の椅子に座り、その様子を急かすことなく、ただ見つめていた。
まだ時間かかるようなら、少し作業でもするか、とパソコンに向き合った時、若井の声が聞こえてきた。
「…多分、なんだけど…俺、昨日涼ちゃんに…。」
「うん?」
俺はパソコンの電源をつけながら、振り向くことなく話を促す。
「…その、口で…。…された…と思う…。」
俺は、いまいち若井の言わんとしていることが掴めず、どういうこと?と振り向いた。
若井は、両手で顔を押さえて震えている。
「いや、ほんとわからん。ちょっと待って…。」
若井もまだ整理がついていないようで、その様子がただ事ではないと感じた俺は、若井の横に座り直した。
「…昨日まではうまくいってた、と思う、俺ら。家事とか当番制にしてさ、涼ちゃんはすごく気ぃ遣うし、俺も、涼ちゃんってこんないいやつだったんだなって、改めて思ってて。」
ま、片付け苦手でそこはイラッとするんだけどね、と若井は付け加えた。
「でも、昨日、夜涼ちゃんがどっか出かけた後、10時前かな、に帰ってきて。」
昨日、俺の家を出て、おそらくそのまま家に帰ったのだろう、ちょうどそんな時間だった。
「そんで、俺が風呂上がってリビングにいて、涼ちゃんが冷蔵庫からお酒取って、ちょっと飲もっか、て。」
珍しい、と俺は言った。涼ちゃんは人並みにお酒を嗜むイメージはあるが、俺も若井もあまり酒を好まないので、3人になってからは飲みの場、というものは俺らにはなかった。特に若井は酒にすこぶる弱いのに…?
ただ、俺は涼ちゃんの行動にひとつ思い当たる節があった。昨日、彼は若井について相談に来た。おそらく、酒でも酌み交わしながら、若井の心配事などを聞こうとでもしたのではないか。
「そんで、まあ甘いお酒とか買ってきてくれてたみたいだし、それなら、ってちょっと飲んだの。飲みながら、涼ちゃんが俺に悩み事ないか、って聞いてくれてさ、なんかすごい大人びた雰囲気で。俺も酒入ってたしちょっと深い話ししたんだよ。そしたら、…ちょっと、この辺から曖昧なんだけど…。」
どんだけ飲んだんだコイツ。俺は肘を膝に置いて、若井を少し覗くように話を聞く。若井の顔が赤くなるような、でも青ざめるような、なんとも掴めない表情をして視線を床に落としながら話している。
「…多分、涼ちゃんにキスされて…。」
「………え?」
俺の頭に、昨日のベッドでの涼ちゃんからの額へのキスがフラッシュバックした。
「俺、まあまあ酔ってて、深い話すんのにも結構緊張?しちゃって、グビグビ飲んじゃっててさ。一瞬夢かな?とも思ったけど、でも…。」
若井は先ほどまで青ざめていたが、その顔に赤みが勝っていく。
「キス、されて、なんか頭もボーッとしてたし、そのまま…多分俺のベッドに連れてって…寝かせてくれるんだ〜とか思ってたら、その………口で…し始めて…。」
「何を?」
「…ん〜、もう!だから、…フェラ…だよ!」
若井は俺の察しの悪さにイライラしたのか、小さな声で、でも確かに、フェラ、と言った。
「え!!!!」
俺は自前の爆音ボイスで叫んでしまった。だって、あの涼ちゃんが?普段のふわふわした彼からは想像もつかないし、結びつかない。俺も若井同様パニックになってしまい、叫び声以降言葉が出なかった。
「俺もびっっっくりして!でも、酔っててふわふわしてたし、…正直彼女と別れてからかなり久しぶりだったし、…多分、最後まで、その…出しちゃって。」
若井はたまらず両手で顔を覆う。真っ赤な若井に反し、俺の顔はおそらく青ざめていただろう。
「それで、布団かけてくれて、俺はそのまま寝ちゃって。朝起きた時、夢だったと思ったんだ。俺だいぶ溜まってんのかな、でもなんで涼ちゃんの夢?とか思って。涼ちゃんも普通におはよーとか言ってるし、昨日いつ帰ってきたっけ?とかボケてるし。」
確かに、昨日いつ帰ったか覚えてないとか言ってたな。俺は今日の涼ちゃんの笑顔を思い出して、胸が締め付けられた。
「でも、考えれば考えるほど、夢じゃないよなって。ゴミ箱に昨日の缶とかも捨ててあったし、確かに飲むまではしてたんだよ。その後は、曖昧だから確証はないけど…。」
若井が涙目になって俺を見てきた。
「俺、どうしよう?涼ちゃんとあんなことしちゃって、ヤバいよな?こんなんじゃもう一緒に住めねーよ…。」
「落ち着け、まだ本当かどうかわかんないんだろ?涼ちゃんの態度も普通なら、夢だった可能性のが高いんじゃない?」
「夢なら夢で、俺ヤバいじゃん!何、俺そーいう目で涼ちゃん見てんの?って。」
「いや、夢なんてそんくらい訳わかんないもんじゃん。酔ってたから余計に意味不明な夢見ちゃったんじゃない?あと溜まってから。」
「おい!…んーでも、確かにそうかも…なんかそんな気がしてきたな。」
若井は、自分に納得させようと、うん、と頷いている。俺は、なんだかとにかく必死で『夢だった』ということに終着させようとしていた。2人の同居に亀裂が入るから?それとも、涼ちゃんが若井にフェラしたなんて信じたくないから?
俺たちは、2人で変な夢だった、と話に決着をつけて解散した。
俺は、今すぐにでも涼ちゃんを呼び出して、本当のところを問いただしたいところだったが、なんだか頭がクラクラする。それに、夢だったのだと若井に言っておいて、これ以上深掘りするのも憚られた。
このまま、2人が何事もなく同居を続けてくれれば…俺の籠から勝手に飛び立つことがないように。俺はそんなことを考えながら、ソファーで眠りについた。
若井の『夢』の話から数日経つが、ダンスレッスンで見ていても、若井と涼ちゃんはもうすっかり元通りな様子だった。
俺の方はというと、全く元通りではない。深掘りするべきではないと頭で分かっていても、今すぐ涼ちゃんに問いただしたくなる。
あの時、俺にキスしたよね?(額に、だけど。)
そのすぐ後に、若井にもキスしたってこと?
フェラしたって本当?
どういうこと?
日を増す毎に、それらの言葉は俺の口から涼ちゃんへ向かって飛び出そうとしていた。
その夜、俺は制作作業に没頭していた。あれから、暇さえあれば、涼ちゃんと若井の事を考えてしまう自分がいて、それを振り切るかのように、作業に注力した。涼ちゃんの不可解な行動が、若井の戸惑いが、俺の焦りが、全てが渦巻いて俺の中から消えてくれない。
ああ…、と椅子にもたれかかり脱力する。作業がひと段落ついてしまった。チラと時計に目をやると、夜9:30を回ったところだった。
涼ちゃん、起きてるかな…なんかやたら寝るの早かった気がするけど。
俺は、自分の内の渦と、夜の闇、双方から押しつぶされそうな感覚がして、痺れる手でスマホを触る。
気付けば涼ちゃんへ架電していた。画面に映る『藤澤涼架』の文字。しばらくの時間があって、プツッと通信した。
『……もしもし。』
「………涼ちゃん、助けて…。」
『……そっち、行ったらいい?』
「…うん。」
涼ちゃんは何も言わず、通信が途絶える。電話越しの涼ちゃんの声は、なんだか知らない人みたいだった。早く、涼ちゃんの声を直接聞きたい。今すぐに、また抱きしめて欲しい。貴方によって、俺の存在を確かめさせて。
涼ちゃんが部屋に入ってきた。何となく、部屋全体を見回している気がする。何度かここには来たことがあるのに、むしろ数日前にも来たのに、改めて確認しているような、奇妙な感覚。
「涼ちゃん…?」
「ああ、ごめん。…大丈夫?」
何となく、いつもより表情少なめな涼ちゃんを、俺は怪訝な顔で見てしまう。ソファーに座るよう促し、2人して並んで腰掛ける。
「助けてって?」
「え、ああ、ちょっとまた疲れが溜まっちゃって…。」
俺はなるだけ重い物言いを避けて、話した。涼ちゃんはじっと俺を見つめている。
「…なに?」
「いや、どうしたらいいのかなって、話でも聞いて欲しい?」
「え…。」
どうしよう、抱きしめて欲しい、と言ってもいいだろうか。しばしの間を開け、俺の口からポロッとこぼれた言葉は。
「キス…」
涼ちゃんは少し驚きの表情を見せた。
「したの?…若井と。」
やめろ。俺の中で誰かが止める。あれはもう『夢』だったとしたじゃないか。若井のも、………俺のも………。
涼ちゃんは斜め上を向いて、しばらく考えを巡らせた後、フハッと笑いを漏らした。涼ちゃんらしからぬ、乾いた笑いだった。
「そっかぁ、若井君、やっぱり覚えてたんだ。」
俺は、涼ちゃんをゆっくりと見据える。ものすごい違和感だ。なんだ、これは。
「で、君に相談したって訳だ。…大森君。」
涼ちゃんは目を細めて、俺を見てそう言った。笑っているのに、怖い。
これは、誰だ?
「お…お前、誰…?」
俺は、早鐘を打つ心臓を押さえつつ、震える声でそう言った。涼ちゃんは俺の胸に当てている手を取り、そっとキスをしてきた。
「何言ってんの、藤澤涼架だよ。」
口の片端を不気味に吊り上げて、続けて言う。
「お前のだぁい好きな、『涼ちゃん』じゃないけどな。」
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なんだって〜????ふぁぁぁ!?!?