シャーリィ達が帝城にて大暴れして注意を引き付けている頃、カナリア=レンゲン女公爵以下西部閥の貴族達はセレスティン、エーリカの先導によって無事に帝城からの脱出に成功。予定時間より少し遅れていたが東門へ集まった彼らの前に数台の馬車が用意され、百名の暁戦闘部隊が出迎えた。
「セレスティン殿!」
「マクベス殿、手筈通りですな」
「ええ、残念ながら大半は幌馬車になります。人数分はありますが、貴族様の大半は荷台に押し込む必要がありますが」
「仕方ありますまい。皆様、直ぐに馬車へ!」
唯一用意できた貴族用の馬車にはレンゲン母娘が乗り込み、残りの貴族達は数台の幌馬車へ乗り込んだ。エーリカは愛剣を兵士から受け取り先導する。
「して、マクベス殿。ルートはどちらを?」
「セレスティン殿、残念ながら第二ルートを利用するしかありません。帝都駅は東部閥の領邦軍によって抑えられています」
「手回しの良い事ですな」
シャーリィは万が一に備えて事前に複数の脱出ルートを用意していた。最有力候補は鉄道を用いた脱出であったが、フェルーシアの手が延びており駅は封鎖されている。となれば、次のプランを使う他選択肢は無かった。
「ええ、全くです。ただ、幸いなのは港の警備が手薄な点です。もちろん領邦軍が配置されていますが、あちらならば海上からの支援が期待できますからな」
「ならば急ぎましょう。既に準備を?」
「無論、信号弾による合図を送っていますが、お嬢様方は良いのですか?」
「我ら臣下はお嬢様方を信じる他ありませぬ」
第二ルート、それは帝都近海に待機させているエレノア率いる海賊衆による海上からの脱出である。鉄道に比べれば時間が掛かるが、追撃を受ける危険性は少ない。海洋を進むので別の危険はあるが。
「出発!警戒を怠るなぁ!」
馬に乗ったマクベスの号令で馬車の左右に兵士達が集まり、ゆっくりと進み始める。
黄昏と違い明確な都市計画もなく発展した帝都の道はお世辞にも整理されているとは言えず、更に整備も後回しにされているので状態も悪い。道は狭く直線の道がほとんど無いので進撃速度はどうしても遅くなってしまう。
ゆっくりと進む最中、直ぐ側の家屋の屋根に着地したリナがマクベスへ声をかける。
「マクベスさん!下層部、貧民街と呼ばれる場所で騒ぎが起きています!領邦軍や正規軍が鎮圧に駆り出されているみたいです!」
リナ率いる『猟兵』は広範囲に散らばりながら脱出を支援しつつ情報を集めていた。
「このタイミングで?セレスティン殿、これはまさかお嬢様が?」
「私も全ての策を承知しているわけではありませんが、用意周到なお嬢様ならばあり得ることです。とは言え、このタイミングでの騒ぎはありがたい。先を急ぎましょう」
事実、シャーリィはキャプテン・ボルティモアに特定の信号弾を確認したら貧民街で騒ぎを起こすように依頼していた。もちろん充分な見返りを用意した上である。
更に港では。
「船長ぉ!信号弾だぁ!赤三つ!間違いねぇ!」
「野郎共ぉ!帝都のモヤシどもを蹴散らすんだ!シャーリィちゃん達を迎え入れる準備をしなぁ!」
「「「あいよーっっ!!!」」」
信号弾を確認した海賊衆も直ぐ様行動に移った。事前にシャーリィから警告を出されていたので停泊していたアークロイヤル号はいつでも出港出来るように釜に火を入れたままにしており、直ぐにでも動けるようにしていた。燃料その他の物資も十分に積み込んでいる。
エレノアの号令を受けて海賊達が次々と桟橋に降り立ち、警備兵を片っ端から薙ぎ倒して一時的に港を制圧。脱出に備えていた。
「見張りを怠るんじゃないよ!赤三つなら帝国そのものとやり合うかもしれないんだからね!」
「国が相手か、勝てるのか?船長」
「シャーリィちゃんを信じな。あの娘が常識破りなのは皆知ってるだろ?勝てる見込みがあるんだろうさ。私達は与えられた仕事を完璧にやり遂げりゃそれで良いんだよ!」
「だがよ、マクベスの旦那達も居るって話だ。部屋が足りねぇぞ?」
「二日あればシェルドハーフェンだ。足りない分は悪いけど船倉や甲板で過ごしてもらうしかないね」
「嵐が来ねぇことを願うしかないな!」
「シャーリィちゃんの運の良さに賭けるしかないさ!早く準備しな!それと砲撃の準備も怠るんじゃないよ!」
アークロイヤル号は戦闘準備を整えて来るべき時に備える。
同時刻。帝都では朝から雲行きが怪しく、対に雨が降り始めた。冬の雨は冷たく、雨に打たれる者を例外無く凍えさせた。それは帝都中に配置された警備兵も同じであった。寒さは集中力を失わせ、レンゲン公爵家一行の脱出を陰ながら支えた。
対して暁戦闘部隊及び『猟兵』は皆がエーリカ率いる服飾班が製作した厚手のローブを羽織っていた。これはレイミが提唱した初歩的なレインコートであるが、直接雨に打たれるのを防ぎ身体が冷えるのをある程度軽減する効果が確認されている。雨で視界が悪くなったことも手伝って、彼らは順調に港へ向かいつつあった。その道中で。
「止まって!!!」
「っ!?止まれーーー!!!」
突如としてローブを羽織りフードで顔を隠した女性が進路上に現れ、いち早く察知したマクベスが号令をかけて大惨事を防いだ。
「ご婦人!急に出て来られては危ないではないか!道を開けられよ!」
「あなた達、帝都から出るのよね?私も一緒に連れていきなさい」
いきなりの傍若無人な頼みにマクベスも眉を潜めるが、良く見れば片足は義足のようでローブの下にも片腕が見当たらない。訳ありであると察した。
「ご婦人にも事情があると察するが、我らも先を急ぐ身。悪いが、その願いを聞き届けることは出来ない。道を開けられよ」
「良いじゃない、その馬車にも空きがあるでしょう?乗せなさいよ。タダとは言わないから」
「悪いが、それは出来ぬ」
周りの兵士達も警戒を強める中、急に停止した事態を怪しんだセレスティンが現れる。
「マクベス殿、如何なされた?」
「セレスティン殿。こちらのご婦人が密航するために我らと同行したいと」
「なんと」
マクベスから簡潔に状況を聞いたセレスティンは、馬を降りて女性に一礼する。
「重大なる事情をお抱えしているものとお見受けします。しかしながら、我々は……」
「セレスティン?」
「……!?」
名を呼ばれて顔を上げ、フードに隠された素顔を見てセレスティンは目を見開く。
そして、数秒後には踵を返して馬車に近寄る。
「閣下、同乗を希望される方か現れました」
「乗せた方が良いのね?」
馬車の中からカナリアが答える。
「はっ、閣下にとっても大事なお客様となりましょう」
「分かったわ、乗せなさい」
「御意。ではご婦人、こちらへ」
「ありがとう。後で色々聞かせなさいよ」
セレスティンが女性を馬車へ誘い、再び馬に股がる。困惑したマクベスではあるが、女性が乗り込んだのを確認して前を向く。
「前進!」
再び一行は進撃を再開。そして馬車の車内では女性がレンゲン母娘の向かいに座る。突然の来客にジョセフィーヌが怯え、彼女の背中を擦りながら迎える。
「ごきげんよう。これも何かの縁かしら?レンゲン公爵と同乗できるなんて光栄に思いなさい?」
「ええ、本当に運が良いわ」
初めて女性がフードを脱ぎ、その素顔を露にした。カナリアは目を見開き。
「姉……様……!?」
「久しぶりね、カナリア」
ヴィーラ=アーキハクトとカナリア=レンゲン公爵。十年ぶりの再会であった。
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