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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
その年の冬は、殊のほか長かった。
王が最初に異変を覚えたのは、朝議の最中に襲ってきた、原因の知れない眩暈だった。たいしたことはない、そう自分に言い聞かせて執務を続けていたが、日を追うごとに、熱が引かなくなっていった。
典医が幾人も呼ばれ、あらゆる薬湯や祈祷が試されたが、病状は良くなる気配を見せなかった。南方からもたらされた、流行り病のひとつだという。体力のある者なら乗り越えられるはずのその病が、なぜか王の体からは、いつまでも離れなかった。
――もう長くはない。
誰も口には出さなかったが、典医たちの伏し目がちな態度が、何より雄弁にそれを物語っていた。
それからの日々を、王は淡々と過ごした。悲嘆に暮れている暇はなかった。床に伏せる時間が増える中で、公文書の整理、王族の財産の目録、家臣たちへの指示――やり残したことは、思いのほか多かった。
ある日、大臣の一人が、北の同盟国との縁談について伺いを立てにきた。
「仁人殿下の御縁談、いかがなさいますか。先方は未だ、お返事を待っておいでですが」
王は、しばし考えてから答えた。
「――お断りしろ。あれは、この国に残しておく」
「よろしいのですか。先方との関係も――」
「継承権を持つ者を、これ以上遠くへやるわけにはいかない」
自分の口から出た「継承権を持つ者」という言葉に、王は静かな痛みを覚えた。あれほど、王にならなくていいと願った弟に、結局こうして、玉座への道を敷いてしまっている。それが、この身に流れる血の、逃れようのない定めだった。
病状が誰の目にも明らかになった頃、仁人が見舞いに訪れるようになった。以前のように軽口を叩くことはなくなり、ただ静かに、傍らに座っていることが多くなった。
「兄上」
ある日、仁人がぽつりと切り出した。
「僕、まだ準備なんて、何もできてません」
「分かっている」
「兄上は、あんなに立派に国を背負ってきたのに。僕には、とても……」
声が震えていた。王は、痩せた手を伸ばし、弟の頭に軽く触れた。かつて、幼い仁人によくしてやった仕草だった。
「お前には、お前のやり方がある。私と同じである必要はない」
「でも」
「詩を愛し、舞を極め、そういう心を持ったまま玉座に就く王がいたって、いいだろう」
仁人は、何も言えずに俯いた。王は、その様子を見つめながら、かつて口にした「王にならなくていい」という言葉を、心の中でそっと撤回した。あの願いは、もう叶わない。ならばせめて、この弟が、玉座に就いてもなお、自分自身を失わずにいられるように――そのための道筋だけは、遺してやりたかった。
そして、いよいよ床を離れられなくなったある夜、王は人払いをして、一人だけを寝室へ呼んだ。
「――黒色の国の、王子よ」
勇斗は、静かに膝をついた。
「呼んでいただき、光栄です」
「世辞はいい。時間がない」
王は、掠れた声で続けた。
「お前が、仁人をどう想っているか、私は知っている」
勇斗の肩が、わずかに強張るのが分かった。
「答えなくていい。責めるつもりもない。……ただ、一つだけ頼みたいことがある」
「――なんなりと」
「仁人を、守れとは言わない」
王は、一度、大きく息をついた。
「あれは、じきに玉座に就く。王として、多くのものを背負い、多くのものを諦めることになるだろう。私がそうだったように」
「……」
「だから、頼みたいのは、それとは別のことだ。あいつが王になる前に――いや、王になってからでもいい。あいつが、ただの一人の人間でいられる場所を、お前が作ってやってくれ」
勇斗は、しばらく黙っていた。それから、深く頭を垂れた。
「――お約束します」
その声には、迷いがなかった。王は、その様子に、静かに目を細めた。
「その言葉だけで、十分だ」
寝室に、しばしの沈黙が満ちた。窓の外では、冬の終わりを告げるように、雪ではなく、冷たい雨が降り始めていた。
「――もう、行け。あまり長居をすると、また誰かに要らぬ勘繰りをされる」
「はい」
勇斗は静かに立ち上がり、深く一礼してから、部屋を後にした。
一人残された王は、雨音に耳を澄ませながら、目を閉じた。
やり残したことは、まだあるだろうか。そう自問しても、もう浮かんでくるものはなかった。ただ一つ、この国と、この弟のこれからを、静かに案じるだけだった。