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長尾伊都の朝は早い。何せ社畜時代に鍛えられたのだから。
目覚ましいらずですっきり起きられる、それが昔は苦しかったものだけど。
「今はまぁ、別に悪くないか。」
何でも屋「Sirius」は自分と店主の琥珀で回している店だ。
1階部分が店、2階が居住スペースといったところか。
「琥珀、起きろ。琥珀。」
「……ん、あとごふん……」
無論、5分では起きてこない。
それがわかっているから俺はさっさと起こすのを諦めて2人分の朝食を作るのだ。
料理は得意だった。実家にいた頃も、一人暮らしを始めてからも、食事は自分で作らなくてはいけなかったから。けして苦痛ではない。作る相手がいるというのは、存外気分がいいものなのだ。
「今日は……何が良いって言ってたっけ。……あぁ、フレンチトーストか。」
琥珀……店主が随分とお気に召しているレシピの1つがフレンチトーストだ。
昔は放っておいたらすぐに変な物を食い始めるあいつを止めるのが大変だった。
「このフライパンも店の商品なんだっけ……」
あいつは自分の物と店の物の区別が曖昧だからな。たまにそういうことがある。
例えばこのフライパンだったり、置いてあるインクだったり、本だったり。
まぁインクはともかくフライパンや本は消耗品じゃないから良いのだけれど。
いやどうなんだ。フライパンは消耗品なのか?琥珀が起きたら聞いてみるか。
料理は基本、そんなことを考えながらしていれば終わる。手を抜いているわけじゃない。どうすれば失敗しないかとか、どうすれば美味しくなるかなんてことはずっと昔に考え終わった。まぁ要するに慣れているんだ。これに関しては。
二人分のフレンチトーストを皿に乗せ、窓際の机へ運ぶ。
この机やイスも、先刻まで寝ていた布団も。全て琥珀が選んだのだろうか。少なくとも俺がこの店に来た時には全てが揃っていたから。二人分の布団、二人分の食器、二人分のイス。まるで初めから誰か来ると分かっていたように。まぁ琥珀なら分かっていて俺を拾ってもおかしくないけどな。
「ん……いとちゃんおはよ……」
そんなことを考えながらフライパンを洗っていると、琥珀が起きてきた。
「おはよ、今日は自分で起きたんだ。」
「うん……いいにおいする……」
「フレンチトースト作ったから、顔洗ってきな。」
「やった、いってくる……」
綺麗な白髪は先の方がくるくるとなっていて。いつも俺の方を見つめる金色の瞳は半分程が閉じられていて。何より呂律が回っていない。正直起きているのか微妙なラインだ。……まぁ今日は地に足つけて歩いていたから良しとしよう。這って出てきたときよりはマシだ。
「んー……目ぇ覚めたぁ……」
「おかえり。ほら、冷める前に食うぞ。」
「はーい。やった、私伊都のフレンチトースト好きなんだよね。」
「知ってるよ。だからリクエスト書いといたんだろ。」
「あれ、バレてた。」
「逆にバレてなかったら怖いだろ。なんで作れてるんだよ。」
「そこはまぁ……愛?」
「うえっ」
「うえとか言わないでよねぇ……傷付くぅー」
「思ってないだろ」
軽口の応酬も、積み重ねてきた時間の現れで。
こんなに長く入り浸るとは思ってなかったけれど。
でも、ここが一番落ち着く居場所だから。
「伊都?どうしたの?」
「んーん、なんでも。今日は客来るかな。」
「どうだろうねぇ。巡り合えば来るし、合わなかったら来ないし……」
「そりゃそうか。……ごちそうさん。歯磨いてくるわ。」
「伊都はやーい。……私が遅いのかな?」
「分かってんじゃねぇか。」
もう少し、もう少しだけ。
こいつの隣にいたいなぁ、とか。幸せでいたいなぁ、とか。
思ったりするときも、ある。
「あ、そうだ琥珀」
「なに?」
「フライパンって消耗品だと思う?」
「何の話だよ」