テラーノベル
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「……おい、賢二郎。お前、部活サボってどこ行くんだよ」
天童さんたちを撒いて、ようやく一息ついたと思った瞬間。
前方から聞き覚えのある、少し低くて余裕のある声がした。
見上げると、そこには白鳥沢バレー部の3年生セッター、瀬見英太さんが立っていた。
「……瀬見さん。サボりじゃありません、三十分だけ寄り道するって天童さんにも言いました」
「三十分ねぇ……。で、隣にいるのが例の『一点差の彼女』か?」
瀬見さんはニッと笑うと、私の方を見て「西村さんだっけ? 賢二郎がこんな風に振り回されてるの、初めて見たよ」と、面白そうに目を細めた。
「ふ、振り回してなんて……! ただのテストの約束なんです!」
「約束ね。賢二郎がスペルミスなんて珍しいミスした理由、なんとなく分かった気がするわ」
瀬見さんの視線が、白布君の顔に注がれる。
白布君はあからさまに視線を逸らして、私を急かすように背中を押した。
「……瀬見さん、余計なこと言わないでください。……行くぞ、西村」
「おーおー、怖い怖い。西村さん、こいつ意外と不器用だからさ、あんまりいじめてやんなよ?」
瀬見さんはひらひらと手を振って、校舎の方へ歩いて行った。
……瀬見さんまで。白布君の周り、いじりたがりな先輩しかいないの?
「……あー、もう、どいつもこいつも……!」
白布君は苛立ったように自分の前髪を掻き上げた。
でも、その横顔はさっきよりもさらに赤くなっていて、足早に歩くせいで私との距離が少し開く。
「……ごめん、白布君。私が勝負なんて持ち出したから……」
「……謝るな。……つーか、あいつらが言ったこと、一ミリも気にするなよ」
「気にするなって言われても、白布君がスペルミスしたの私のせいみたいに言われるし……」
私が俯くと、彼は急に足を止めた。
振り返ったその瞳には、いつもの冷徹な計算高さなんて欠片もなくて。
「……間違いじゃねーよ。……お前のこと考えてて、集中切らしたのは事実だ。文句あんのか」
……え?
今、この人、なんて言った?
「……ほら、行くぞ。アイス溶ける前に店着くぞ」
今度は私の方を見ないまま、彼は私の制服の袖をぐいっと引っ張った。
心臓がうるさい。白布君の「計算」は、もうとっくに修復不可能なほど狂ってるのかもしれない。
「……やっと着いた。あいつら、マジで非効率すぎる……」
コンビニの入り口で、白布君が深く、深いため息をついた。
さっきまで真っ赤だった顔は少し落ち着いているけど、まだどこか不機嫌そうに前髪を弄っている。
「……ごめんね、白布君。私のせいで瀬見さんたちにまで……」
「謝るなって言っただろ。……ほら、何がいいんだよ。一週間は何でも言うこと聞くって言ったからな。……高いのでもなんでも選べ」
彼はぶっきらぼうにアイスの冷凍ケースを指差した。
私は少し迷って、昔懐かしい「パキッと割るタイプのソーダアイス」を手に取った。
「これ! 二人で半分こしよ」
「……は? なんでだよ。パシリなんだから、お前の分だけでいいだろ」
「一人で食べても美味しくないもん。白布君も食べてよ。……負けた罰で、私と一緒に『半分こ』するの!」
私が無理やりアイスを押し付けると、彼は一瞬呆れたように目を細めたけれど、結局「……勝手にしろ」とレジへ向かった。
店の外のベンチ。
西日が差し込む駐車場で、私はアイスをパキッと二つに割った。
「はい、白布君の分。……あ、ちょっと溶けてる」
「……お前がもたもたしてるからだろ」
彼は受け取ったアイスを一口、静かに口に含んだ。
細長いソーダアイスを咥える彼の横顔は、教室で見せる冷徹な秀才の顔でも、コートで見せる鋭いセッターの顔でもない。
ただの、少し不器用な男の子の顔だった。
「……ねえ、さっき言ったこと。……本当?」
「……何がだよ」
「私のこと考えて、集中切らしたって……」
私の問いに、白布君の手が止まった。
彼は空を見上げたまま、溶けかけたソーダアイスをじっと見つめている。
「……お前、いつも一点差で負けるくせに、死ぬほど楽しそうに突っかかってくるだろ。……それが、なんか……鼻について、気になって、計算が狂うんだよ」
「……え?」
「一点差で悔しがってるお前を見るのが、いつの間にか、俺の中で一番の『イレギュラー』になってた。……だから、あの日、お前と手が触れた時、マジで終わったと思ったわ」
白布君の声が、少しだけ震えている。
彼はアイスをガリッと噛み砕くと、私の方を見ずに言葉を続けた。
「……奈々花。お前が隣にいると、俺のセッターとしての冷静さが死ぬんだよ。……責任取れよ、バカ」
「責任取れ」なんて、そんなの告白みたいなものじゃない。
ソーダアイスの冷たさが心地いいはずなのに、私の顔は、さっきの白布君よりも熱くなっていた。
「……責任なんて、どうやって取ればいいの?」
「……決まってんだろ。……次も、その次も、俺の隣で一点差に泣いてろ。……俺が、ずっと前を走っててやるから」
それは、世界で一番傲慢で、世界で一番一途な、彼なりの愛の言葉だったのかもしれない。
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