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放課後の体育館。キュッ、キュッというバレーシューズの音と、鋭い打球音が響き渡る。
私は図書委員の仕事が早く終わったから、昨日の「アイスのお礼」も兼ねて、白布君の練習をこっそり見に来ていた。
「わあ、五色君、今のスパイクすごい! キレッキレだね!」
コートの脇で、ドリンクの準備をしていたマネージャーさんの手伝いをしながら、私は無邪気に声をあげた。
一年生の五色君は、私の言葉にパッと顔を輝かせる。
「本当ですか、西村さん! 見ててください、次はもっと凄いの決めますから!」
「期待してるよー! エース候補、頑張れ!」
私がグッと拳を握って応援すると、五色君は鼻息を荒くして「オスッ!」と気合を入れた。
……その時だった。
ドォォォン!!
鼓膜を震わせるような、重苦しい衝撃音。
見れば、白布君が上げたトスを牛島さんが叩き込んだ……はずなのに、なぜか白布君が放ったボールの軌道が、いつもより鋭く、そして「低すぎる」。
「……賢二郎、今のトス、ちょっと低くない?」
天童さんが不思議そうに首を傾げた。
白布君は無言で、肩で息をしながら、こちらを——正確には、五色君と親しげに話す私を、蛇のような冷たい目で見据えていた。
「……西村」
「えっ、あ、白布君、お疲れさま! 今のトス、かっこよかっ……」
「……うるせーよ。お前、何しに来たんだ。……邪魔だ、帰れ」
吐き捨てるような、氷点下の声。
えっ、何。昨日あんなに良い雰囲気だったのに、また性格悪いモード全開?
「邪魔って何よ! マネージャーさんの手伝いしてただけじゃない!」
「……五色とヘラヘラ喋るのが手伝いかよ。効率悪ィんだよ、見ててイライラする」
白布君はズカズカと私に歩み寄ると、五色君との間に割り込むように立った。
至近距離。練習後の彼の体温と、少し荒い呼吸が伝わってくる。
「……あ、あの、白布さん? 俺、別に変なことは……」
「五色、お前はサーブ百本だ。……一本でも外したら、明日の練習倍な」
「ええええっ!? 理不尽すぎる!!」
五色君が半泣きでコートへ消えていく。
白布君は私を壁際まで追い詰めると、逃げ場を塞ぐように腕をついた。いわゆる「壁ドン」の形だけど、彼の目は笑っていない。
「……お前、自分が誰の『パシリ』か忘れてんじゃねーよ」
「パシリって……約束はもう終わったでしょ!?」
「……終わってねーよ。……お前が俺以外の奴に笑いかけてる間は、俺のイライラは収まらねーんだよ」
耳元で低く、地を這うような声。
独占欲。セッターとして冷静に戦況を支配する彼が、私一人のせいで、こんなにも感情を剥き出しにしている。
「……責任取れっつったろ。……俺だけ見てろよ、奈々花。……これ、命令だ」
昨日のソーダアイスよりも、ずっと熱い独占欲。
白布君の「計算」は、もう一ミリも残っていないみたいだった。
部活が終わり、すっかり暗くなった校舎の影。
五色君への理不尽な居残りを命じた白布君は、先に帰った部員たちを見送った後、体育館の裏で待っていた私を見つけて、低く息を吐いた。
「……まだいたのか。効率悪いっつっただろ」
相変わらずの毒舌。でも、その瞳は部活中よりもずっと揺れている。
私は逃げようとする彼の制服の袖を、ギュッと掴んだ。
「……待ってたよ。白布君が、あんなに怒るから」
「怒ってねーよ。……ただ、練習の邪魔だっただけだ」
「嘘。……五色君と話してたからでしょ?」
核心を突くと、白布君がピタッと足を止めた。
街灯のオレンジ色が、彼の綺麗な横顔を照らし出す。
「……だったら何だよ。お前が誰と笑い合おうが、俺には関係ねーはずなのに……」
「白布君……?」
「……ムカつくんだよ。お前が俺以外の奴に一点差まで詰め寄るのも、俺以外の奴に『すごい』なんて言うのも」
彼は私の手を振り払うどころか、逆に私の手首を掴み、そのまま壁に押し付けた。
昼間の熱気が残るコンクリート。でも、それ以上に熱いのは、目の前の彼の体温だ。
「……計算が合わねーんだよ、西村。お前をパシリにするはずが、俺の方がお前に振り回されて……。練習中もお前の声ばっか探して、トスの精度も狂いっぱなしだ」
悔しそうに顔を歪める白布君。
あの冷静沈着なセッターが、プライドも効率も全部かなぐり捨てて、私に「負け」を認めている。
「……責任、取ってよ。白布君」
「……は?」
「私のこと考えて計算狂ったなら……。これからもずっと、狂いっぱなしでいてよ。私、白布君の隣がいい」
私が少しからかうように言うとと、白布君は一瞬呆然とした。
けれど、すぐに観念したように笑い、空いた方の手で私の顔を包み込んだ。
「んっ!」
「……バカか。……言われなくても、もうお前以外にトス上げる余裕なんてねーよ」
鼻先が触れるほどの至近距離。
「1点差」の境界線が、音を立てて崩れていく。
「……奈々花、好き。」
彼がそう囁いた瞬間、重なった唇からは、今までで一番熱い「敗北」の味がした。
一章 fin
今回の作品は5章構成なんですよ~
実は書き終わってるとかないとか~?