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まさか子作りを意識するようになってそんなにすぐ赤ちゃんが来てくれるだなんて、夢にも思っていなかった二人だ。


だって避妊しなくなったからといって、女性側の排卵などとタイミングが合わなければ子供は出来ないのだから。


現に毎日のように夫婦生活を営んでいてもなかなか子宝に恵まれないという話はよく聞くし、実篤さねあつとくるみも一年以内を目処めどに授かれたらええね、ぐらいにゆるっと考えていたのだけれど。


二人の予想に反して式後すぐにコウノトリが来てくれて、とても驚かされて。

それと同時。思わずくるみをギューッと腕の中に抱きしめて、くるみと一緒にほろほろ嬉し泣きしたのを、実篤はつい先日のことのように覚えている。



***



体調と相談しながら、家庭で食べる量に毛が生えた程度のパンを焼いてみること。


そのパンはクリノ不動産の面々にもお裾分けをして、身内以外の他人ひとにパンを食べてもらう喜びを得ること。


実篤が、しゅんとしたくるみに提案したのは、その二つだった。


そのぐらいの作業ならば、仕事と違って無理はしないでいられるだろうし、パン作りが好きなくるみの心も満たせるはずだと思って。


実篤がそう提案した瞬間の、くるみの溢れんばかりの生き生きとした表情と、まぶしいまでにキラキラとした笑顔。


それに見合う弾むような声で告げられた、

「ええんですかっ。それ、凄く凄くぶちぶち嬉しいです!」

と言う声が、実篤は忘れられない。


そうして今――。



リビングとひと繋がりになった仏間の片隅。

仏具屋へ出していた修理作業から無事戻ってきた仏壇に、作りたてのパンをお供えしたくるみが、くるりと実篤を振り返った。


「うち、新しい工房が出来たら、いの一番に焼くんはって心に決めちょりました!」


仏壇には、あの台風の日、実篤が救い出したくるみの両親の夫婦位牌めおといはい鎮座ちんざしていて。

その横に、同じく仏壇の上段の方へ飾られていて無事だった、くるみの両親の遺影がシンプルなデザインの写真立てに入れられて飾られている。


仏壇下方に付いている膳引ぜんびき――薄い板状の引き出し――を引き出した上には、白いお皿に載せられた、ビターチョコ入りの巻貝みたいなチョココロネがふたつ。


くるみが新しく出来たばかりの厨房で……真新しい調理器具に囲まれて一番最初に焼いたのは、実篤との思い出の品――大人のお味を目指した菓子パンシリーズのひとつ、チョココロネだった。


甘さ控えめ。

大人のための『くるみの木』特製チョココロネ。


それは、甘いのが苦手な実篤でも美味しいと思えた、唯一の菓子パンチョココロネだ。



「実篤さん、甘いん苦手なのになんに……うちが自信満々にコレをお礼じゃうて差し出したら嫌な顔ひとつせんと頭から思いっきり豪快にかぶり付いてくださいましたいね?」


あの時、くるみは実篤のことを〝運営さん〟と呼んでいた。


「うちもチョココロネを食べるんは頭から派じゃって告白して……そこでやっとお互いの名前を名乗り合いましたっけ」


「そうじゃったね」


あの日、実篤はくるみのくっきりした二重と、大きくてくりくりした茶色い瞳アンバーアイにときめいて。

一目惚れするような年齢としじゃないじゃろ!と自分をいさめたことをつい先日のことのように覚えている。


「俺はくるみちゃんに出会ったあの瞬間から、恋に落ちちょったんよ」


今だから言える。

恥ずかしくて誰にも明かせるわけがないと思った、そんな気持ちも。


目の前にいるくるみのお腹をいたわるようにそっと彼女を抱き締めたら、腕の中でくるみがクスッと笑って。


「ごめんなさい。うちはまだそん時、頼り甲斐のあるお兄ちゃんが出来たぁ!くらいにしか思うちょりませんでした」


「うん、分かっちょる」


岩国祭であいのあった十月中旬からおよそ一年以上。


実篤はくるみにその気がないのを知っていて、ただただ兄として……よき隣人として彼女との友好を深めて。


月が綺麗ですね、とくるみから言ってもらえるに至る翌年の九月までのおよそ一年間。

何の進展もないままに日々を過ごしたのだ。



「今こうしてくるみちゃんと夫婦になれちょるん、何か信じられんわ」


しみじみと吐息を落としたら、くるみが実篤の腰にキュウッと華奢な腕を巻き付けてくる。


そのまま実篤を見上げて首をフルフルと振ると、

「――夫婦じゃないです。家族です」

言って、にっこりと笑って見せた。


お腹の赤ちゃんと、実篤と、くるみ。



「うちがくした家族もんを、実篤さんがみんなみんなまた与えて下さいましたくれちゃったです。うちは実篤さんに出会えて本当ほんに幸せじゃて思うちょります」


実篤が惚れた、色素の薄い瞳でじっと見上げられて、実篤は胸が締め付けられて苦しいくらいに、くるみのことを愛しい!と思った。


「……実篤さん、大好きです」


「俺もくるみちゃんのことが好きで好きでたまらんよ」



これから先も、こうしてじっと見つめ合うだけで――。

眼前の相手に、何度でも恋に落ちることが出来ると確信したふたりは、吸い寄せられるように自然な動きで唇を合わせた。




祖先から大切な宝物や伝統を受け継ぐとされるサムシングオールド(Something Old)は、先祖から脈々と受け継いできた二人自身の血と、生まれてくる予定の〝娘〟おちびちゃん――。


二人の新しい生活の第一歩を踏み出すためのサムシングニュー(Something New)は、新しく建てたばかりのこの家。


幸せな結婚生活を送っている人の幸福をおすそ分けしてもらうサムシングボロード(Something Borrowed)は、今もきっと天国で仲睦まじく暮らしているはずのくるみの両親から受け継いだ、彼女の実家の廃材から作った作り付けの棚たち。それから、実篤が両親から引き継いだクリノ不動産。


純潔の象徴とされるサムシングブルー(Something Blue)はくるみの左手薬指に。



結婚式の時には準備できなかったサムシングフォーが全てそろった栗野家くりのけの将来は、きっと。

未来永劫幸せな笑い声に包まれた、明るいものに違いない――。



【END】


執筆期間:2021/09/15〜2023/01/23

読んでくださった全ての皆様へ感謝を込めて。

Takatsuki Ren

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