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……俺は、守りたかっただけなんだ。あいつが──日下部が、あんな目に遭うのなんて、見たくなかっただけなんだ。
──だけ、なんて。
その言葉すら、自分の口の中で腐っていくような感覚。
「ねえ、遥」
蓮司の声が静かに落ちる。
もう笑ってすらいない。
けれど、笑いよりもずっと質の悪いものが、その目にあった。
「“守りたい”って、すごく都合のいい言葉だよね」
遥は動けなかった。
蓮司は一歩も近づかないのに、背中が壁に押し付けられていくような圧。
「だってそれ、自分が“きれいな側”にいられるから」
「“守る人”でいられる限り、“壊す人”じゃないって、信じられる」
「でもさ──おまえの中にも、ちゃんとあるんだよ。欲望って」
言わないで。
心の奥がきしむ。
どこにも逃げ場がない。
「独占欲、支配欲、嫉妬、優越感……“俺だけが見てたのに”って、そう思ったでしょ?」
図星だった。
でも、それを認めた瞬間、自分がどうなるかが怖くて、何も言えなかった。
「優しくされたかったんじゃない。優しくされた“ふり”をされたかっただけ」
「だって、ほんとの優しさなんて──おまえ、知らないんだから」
遥の喉がぎゅっと閉じる。
「知ったら、壊れるよ。自分が、どれだけそれを欲しがってたか、知ったら──」
「汚いって、自分のこと、思うようになるから」
思ってる。もう、とっくに。
蓮司はかすかに首を傾げた。
その瞳は、まるで本を読むように遥を見つめていた。
もう結末を知っている物語を、なぞるように。
「ねえ、遥。俺ね──」
「おまえが、自分のことを“守る人間だ”って思いたくて、そうやって、日下部のことまで使おうとしたとき──」
「すごく、きれいだなって思ったよ」
一瞬、甘い微笑みが浮かぶ。
でも、その奥にあるのは、何もない空洞だった。
遥はぐらついた。
自分の足がどこにあるのかも、もうわからない。
守りたかった?
そんなもの、嘘だったのかもしれない。
俺は──
俺だって──
誰かを壊したくて、誰かを傷つけたくて、
そのくせ、自分だけは“優しい”って思いたくて──
最低だ。
最悪だ。
誰よりも汚れてる。
「……ねえ、遥」
蓮司の声が、耳元で囁くように響いた。
実際には距離があるのに、鼓膜の内側から聞こえるように。
「そんなふうに、もっと壊れていいよ。俺が見てるから」
「ちゃんと、“最後”まで、見届けてあげるからさ」