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蓮司は微笑んだまま、最後の言葉を落とした。
「“壊す側”に回ること、怖い?」
「でも──もう、半分くらい壊れてると思うけどね。自分のこと、わかんなくなってるでしょ?」
遥は言葉を返さなかった。
声が、喉の奥で凍っていた。
口を開いたら、何かが崩れて零れ落ちそうだった。
目の前の男の姿が、輪郭を失い始める。
音が遠い。
鼓動がうるさい。
身体の端が、妙に冷たかった。
逃げなきゃ、と思った。
これ以上、ここにいたら──
この男の言葉に、何か大切なものを全部、書き換えられてしまう。
わからなくなってもいい。
どうでもよくなってもいい。
そう思い始める“その前に”。
遥は、乱雑に鞄を掴んだ。
机の脚が引っかかり、ガタン、と鈍い音が教室に響く。
蓮司は動かない。ただ、静かにその様子を見つめていた。
遥は一度も振り返らず、足元もおぼつかないまま、教室の扉を開けた。
廊下の空気が、ひどく冷たかった。
──冷たい、って思ったのは、
自分の手が、ずっと震えてたせいかもしれない。
走れない。
歩幅がまとまらない。
なのに、どうしても教室には戻れなかった。
どこへ行くつもりでもなかった。
ただ──そこから離れたかった。
息がうまく吸えない。
目の奥が熱い。
喉が痛い。
でも、泣くのだけは、違うと思った。
……逃げたくなんかなかった。
本当は、立っていたかった。
正しかったって、言いたかった。
「守りたかったんだ」って、言い張りたかった。
けど──
言えなかった。
信じきれなかった。
自分のことが、もう。
……ああ、最低だ。
ほんと、どうしようもない。
誰かを守るふりして、
結局、自分を守りたかっただけだ。
逃げたのは──
蓮司じゃない。
日下部じゃない。
俺だ。
俺が、俺から、逃げた。