つぼ浦の血は熱いんだろうなぁ。サングラスの下、ピカピカと光を放つあどけない瞳。世の中に擦れていない真っ直ぐな若い志。
まあ真っ直ぐというか愚直というか愚かというか馬鹿なんだろうが、それでも正義に命を賭ける青年将校や革命家と同じ目だ。
彼が自分の陣営にいるだけでなんでも出来そうな、むしろ彼を中心に祭り上げて旗印にしたらどれだけ人が集まるか。
オレンジの熱い血潮が人型となった、荒削りで優秀な男。
青井らだおはその血を啜ってみたいと常々思っていた。
青井は吸血鬼であった。
パッションフルーツの味、常夏の朱色。冷めも尽きもしない永遠の湧水。きっとそんな味がするのだろうと。
「俺実は吸血鬼なんだよね」
「へえ、じゃあ客船大変っすね」
努めて平坦な声を装ったカミングアウトにノータイムで起伏のない声を返されて、青井はつぼ浦をパッと見た。
「そーなんだよ! え、なんでわかるの」
「有名でしょ、吸血鬼は流れる水を渡れない。普段どうしてんすか」
「気合い」
「気合いて」
つぼ浦は吹き出すように笑った。
半分ほど残っていたカシスオレンジを一気に飲み干し、店員を呼び止めてレッドアイを頼む。
「青セン飲めます?」
「好き」
「じゃ2つで」
間接照明のセクシーなバーにはまばらに客が入っていて、誰も2人の話を気にしていなかった。
「あー、だから普段そんな重装備なんすね」
「え? ああ、うん。日光がね」
「重大発表だなそりゃ。影とか鏡とかは?」
「洋服は映るんだよ。生身はダメ。見る?」
「見たい見たい」
青井は手袋を外して素肌をテーブルの上にかざした。ヒラヒラと握ったり開いたりして、白い肌自体が発光しているように影を作らないところを見せる。
「き、……ヤバいっすね!」
「お前今気持ち悪いって言いかけた?」
「いやきっしょです」
「もっとダメだろお前ぇ」
素手でつぼ浦の首に手を当ててやれば、吸血鬼由来の冷たさで「ぎゃーっ」と叫ばれた。
「冷たい! 寒い! 酷いっすよそれ!」
「おらおら謝れ~」
「嫌ですごめんなさいのごの字も知らねえ」
「言ってんだよなもう知ってんだよそれはもう」
「世界で一番謝れねえ刑事なんすよ俺は」
「誇らしげにするなそんなところ。じゃーあれ、お詫びの品ちょうだい」
「嫌です全部食べちゃったンで」
「お前大量に買ってたよねあれ全部食べたの!?」
「あのー、申し訳ありませんお客様。店内ではお静かに……」
酒を持ってきた店員に注意されて、立ち上がっていた青井は気まずそうに座り、つぼ浦は首を擦りながら「スンマセン……」と小さい声で頭を下げた。
二人でレッドアイをチマチマ飲んで、頭をなるべく近づけて小声で話す。
「……何の話だっけ?」
「吸血鬼の。アオセン、警察官なんて苦労多いでしょ」
「あー、うん。まあね」
「なんか出来ることとかあります?」
「真面目装備で大型来て」
「ダルいんで勘弁してください」
「じゃー、ヘリ代わりにやって!」
「無理っす。それ以外それ以外」
「あ〜、えー、それ以外……」
青井は背もたれに体を預けて天井を見上げた。迷うフリだ。
「ないんすかなんか」
「あ~、るといえば、ある」
「おっ」
「けどなー、つぼ浦かぁー」
「なぁんすか! 俺じゃ不満!?」
「不満……だな!」
「おぉい!」
再び店員ジロリした視線を感じ、仰け反っていた姿勢を正す。秘密基地で内緒話をする子供のように、また体を寄せあった。
「で、なんすか」
「……血、ビールみたいに飲みたいんだよね。喉鳴らしてさぁ」
「救急隊の輸血パックパチって来ます?」
「いや、生き血ね生き血。直飲み」
「聞かなかったことに出来ません?」
「だめ。聞いたのお前でしょ」
「ちくしょうやられたぜ」
つぼ浦は嫌そうに首をすくめる。よく聞くセリフだがいつもより苦い顔をしているので、青井は頬杖をついて体の距離をさらに縮めた。ほとんど耳打ちのように声を潜める。
「こういう話題ダメなの?」
「ダメじゃないんすけど……、それって、噛み付くやつっすよね? 痛い話嫌いなんすよ。採血で倒れたことある」
「あーね」
青井は腕を枕にして、行儀悪くテーブルに突っ伏した。詰襟に深いシワが入る。話してる内容はファンタジーで、2人とも程よく、もといかなりアルコールが回っている。つぼ浦は夢の中みたいに足元がふわふわしていた。
「ストレスなんだよね、廃棄寸前の輸血パックってさぁ。ゴミ箱扱いされてる気分」
「そうなんすか」
「あと不味い。もそもそした味する」
「へえ」
「可哀想だと思わん?」
「思わないっすね!」
「思えよそこは人として」
「えー……」
「ダメ?」
「ン、ん~」
つぼ浦は足を組み直して、脱げそうなサンダルをぷらぷらと揺らした。
「お願い。つぼ浦にしか頼めんよこんなこと」
「ほんとーっすかぁ?」
「ホントホント、血の気多いのつぼ浦しかおらん」
「あ?」
「嘘嘘嘘嘘、騙せるのつぼ浦しかいないんだって」
「おー。……アァ!?」
「じょーだん! イヤでもマジで、つぼ浦にしか頼めん。てかつぼ浦がいい」
青井は真っ直ぐつぼ浦を見た。鬼面のない瞳は光を内側で拡散して、底のない深い銀色に見える。
つぼ浦のアルコールで沸騰した頭が、ウワ顔良モテそ、と思った。こうやって何人泣かして来たんだろう。
「オォ……」
「つぼ浦美味しそうじゃん」
「ど、こがっすか」
「見た目、……いや振る舞い? 革命家みたいでさ、背筋真っ直ぐじゃん。多分お前の血すごい色してるよ。鮮やかで。で、見た目ヤバいけど後味スッキリみたいな」
「果汁直絞りみてえな評価しやがる」
「あと熱そう! これポイントね、めっちゃ大事」
「はぁ……」
つぼ浦は落ち着きなく口元を触って目をそらす。あとひと押し、もうちょっとだなと青井は思った。
「お前の血は甘いよ、きっと。賭けてもいい」
「いくら賭けます?」
「1億!」
「乗った!」
つぼ浦はバチンと太ももを叩いた。結局決め手は金である。
そうと決まれば早いもので、2人はバーを後にして路地裏へなだれ込んだ。一応、青井が吸血鬼であることは秘密なのだ。デカい声で散々大騒ぎした後だが。
電灯のない夜道は静まり返っている。誰もいない。なんだか悪いことをしているような気分になって、つぼ浦は今更ながら後悔してきた。
「あー、採血みたいに腕からいくんすか?」
「明日使えなくていいなら腕からでいいよ」
「勘弁してくれ」
「じゃ、首ね」
「うぉぉ……」
「ほらアロハ脱いで。Tシャツも」
「え、これもすか!?」
「首元ビロンビロンに伸びていいならそのままでいいよ」
「あー、伸びていいす、着たままで」
「いいんだ」
「365着あるんで」
「1年分はクローゼットデカすぎでしょ」
「はは」
くつくつと笑うが、しかし、なんだか妙な雰囲気だった。首を躊躇した理由もTシャツを脱がなかった理由も、つぼ浦には言語化出来ない。
実のところつぼ浦匠という男はウブの童貞下ネタ苦手清純ロマンチスト野郎なのだ。中学生でも察する"路地裏男二人きり何も起こらないはずもなく"に、真っ向から首を傾げる天然培養純粋マン。悲しき義務教育敗北の象徴である。
「はいじゃ、壁に背預けて」
言われた通りコンクリートのビル壁に背を預ければ、青井がぐっと詰め寄ってトンと片腕を壁につける。
「逃げ場ないっすね」
「逃げんなよ。いや逃げてもいいけど。1億チャラなだけだし」
「逃げんな! こっちは3億から逃げなかったんすよ!」
「言い出したのお前でしょ」
「そうだったぜちくしょう」
「マ貧血対策ね。倒れて怪我したらやでしょ」
「あー、なるほど」
「うん。そろそろいい?」
「お、う、うっす」
青井が首筋をちろりと舐める。化け物の舌は氷のように冷たい。「ひっ、」と肩を震わせた瞬間に、鋭い痛みが2つ首筋に走った。
「ヴッ」
ブツっと柔い内膜に穴が開く音がして暖かい血液が溢れ出す。蜜事のように啜られジリジリと淡く傷口が痺れた。痛みの中、微かに背筋が粟立つような異なる感覚がある。
つぼ浦はぎゅっと青井の背中にすがった。
「痛い? 耐えられそ?」
「ぐっ、喋っ、な」
「ごめんごめん」
再び、青井が首筋に顔を埋める。
傷口を広げないよう慎重に差し込まれた牙からまた細い電流が走る。首の後ろにジンと鳥肌が立った。
「ーーっ」
あられもない声が出そうでつぼ浦は自身の唇を噛んだ。膝が震えて立っていられない。崩れ落ちそうな体を、青井が壁に挟んで無理やり保たせる。冷たい壁と吸血鬼の体温に火照りを自覚する。それは、青井の嚥下に合わせて体の奥からぐるぐると湧き上がる熱だった。痛みと共に与えられた性感が甘く体を溶かしていく。
被食者としても雄としても追い詰められ涙が溢れ出た。上手く息ができない。頭が熱い。
じゅうと水音が響いて、一際深く吸い付かれる。
バチン、と視界の裏で火花が弾けた。鋭い快感が全身を巡る。全身がガタガタ痙攣し、青井と触れている皮膚が爛れるほど熱くて、濡れた傷口ばかりが冷たい。
名残惜しそうに滲んだ血を最後に青井が舐めて、「ご馳走様」と告げられた。
「あー、うまっ。うまかったわ、マジで。めっちゃ甘いわやっぱ」
「あー、そ、すか。良かっ、た」
息も絶え絶えである。人生で味わったことの無い快感の余韻で腰の抜けたつぼ浦を、青井はニコニコと撫で回した。心なしか肌ツヤが良くなっている。
「ありがとね、おなかいっぱいだわ」
「ウス……」
「また頼んでいい?」
「……」
目線が泳ぐ。息が乱れて答えられないフリをした。青井は覗き込むように顔を近づけて、もう一度「いい?」と聞いた。
吸血鬼の牙が青白く光る。真っ赤な舌の温度を、つぼ浦はもう忘れられない。
それでも素直に頷くのが癪でちょっと考えてから人差し指を立てた。
「……一億」
「賭けはお前の負けだよ、ちゃんと甘かったから」
「チクショウやられたぜ」
「はははは、ね、ダメ? また飲みたいお前の血。南国の果物みたいで、夏みたいに真っ赤で、溢れるくらい沢山あるアッツイの」
青井の言葉が恋してるみたいに熱に浮かされていたのと、南国扱いが嬉しかったのと。
「……たまにっすよォ?」
個人的な性癖が"吸血鬼に噛みつかれる"だったので、つぼ浦は唇を尖らせ表面上渋々頷いた。
初めから両者得役である。
コメント
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迷うフリ、で本命の要求出してうまいこと🏺を丸め込んで路地裏男二人状態に持ち込むaoセン流石でしたこれが年の功か…一番好きなダジャレ(人質解放条件5000万のギャグ回)で「吸血鬼」が含まれてたり、魂が採血を吸血されてると思ってのりきろうとしたり、性癖だったりする🌵さんなので、吸血鬼なaoセンとのお話ないかな?と思っていた所想像以上なものを読むことができ感無量です。一度本物に吸血された🏺は今後採血などで血を抜かれるとき今回のこと思い出したりするのかな?と夢が広がりました。素敵なお話をありがとうございました…!